「ガンバの冒険」感想(6)  

6)残酷さと恐怖、戦う勇気
 「ガンバの冒険」におけるメインのテーマは、おそらくは「勇気」だったと思います。小さなネズミたちが大きな動物や自然に立ち向かい、数々の危機を乗り越えるということが話の中心でした。猫から逃れる、ということは2話でも見られました。人間に追いかけられることはよくあります。5話では、巨大魚とウミネコという二つの脅威に挟まれます。11話でも猫、12話では犬、凶暴な動物たちは数多く登場します。その都度、あれこれと試行錯誤しているうちに道が開けたり、力を合わせて戦ったりして、困難を乗り越えてきました。
 その殆どが、「危機を回避する」「うまく逃げる」といった色彩が強かったように思えます。それに対して7話から登場するザクリは特別でした。ザクリの残虐さというのは、食糧としてリスを取って食べるという点、島全体を支配しているという点、さらには食糧以上に殺戮を始めたという点、イエナを人質にとって全員をおびき寄せて多くのリスたちを殺してしまおうという点にありました。今までの猫や犬の残酷さ(目の前にいたから襲ってくる)とはレベルが異なっています。それゆえ、その残酷な悪に対して立ち上がる必要性が出てきたのです。逃げて終わりではなく、戦って勝利しなければなりません。戦いはある種の頭脳戦のようでもありました。おびき寄せてねぐらをさがすというネズミたちの作戦は失敗します。やっとみつけたねぐらを水攻めにしようとしますが、それも失敗します。ザクリがネズミたちの知性よりも上をいくという瞬間でした。壮絶な戦いですね。みなとてもカッコよく見えます。追い詰められたガンバたちは直接格闘するしかありませんでした。爪も歯もないと悩んでいたクリークが尖った枝を突き刺してそのまま滝下へ転落していきます。
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 18話では、高倉ねずみと出会います。高倉ねずみが恐れていたのは、猫でした。ガンバたちはただの猫じゃないかといって平然と立ち向かいます。それはザクリとの戦い等、いくつかの困難を乗り越えたからこその自信でしょう。
 20話からはノロイが登場します。ノロイの強さ、恐ろしさは他の動物たちとは違っていました。ガンバたちは無数のイタチに追われます。一瞬でも気を抜くと殺されてしまうので、とにかく逃げて、逃げて、逃げまくる。イカサマの言葉「えらいところにきちまったぜ」が印象的です。どんなに逃げてもすぐに見つかるのです。ノロイは、催眠術のような不思議な力を使います。暗闇の中に白く光り輝く。集団のイタチを率いて統制している。なんだか不気味です。20話は、とにかく圧倒的で全く手が出ないような姿が描かれています。ネズミの中で最も力のあるガンバだけがボコボコにされる姿、ガンバの意思が失われ、もて遊ばれる姿、残酷さが強調されたシーンでした。ノロイが残酷なのは、苦しんでいるところを鑑賞し、喜ぶという点、必要のない殺生、君臨し全体を支配するという点が入るためです。
 圧倒的な姿に対して、ガンバたちはどのようにして戦うのでしょうか。まずはその戦いの中で硫黄の臭いがダメだということに気づきます(21話)。白色を汚したことで激怒するという恐ろしさに気づきます。それは同時に、ノロイの心の弱さでもあります。そこに高倉ねずみの応援が来て、火口付近にネズミたちの居場所が出来上がる(22話)。するとノロイは島中のネズミをそこへ追い込み、太一に裏切りをさせて、食糧を失わせる、という追い込み方をします(23話)。このあたりも残酷ですね。太一を殺すこともしないのです。殺す価値もない、裏切り者には帰る場所がない、どうせのたれ死にをする、という言い方をしています。ここでは、生きて苦しめと言っているようなところがあります。それを楽しんで眺めるようなところです。ネズミたちはついに火口付近を脱出するも、ノロイたちに追われ、岩礁に逃げ込みます。そこはあまりにも狭すぎて、少し有利に戦えます。ノロイが降伏する、というのはノロイの罠でした(24話)。罠を見破ったのは太一でした。その後、太一が多くのイタチに殺されるシーンは、極めて恐ろしい光景ですね。死んだ太一が海の中にゆっくり沈んでいく。このあたりの死にざまがすごい。
 イタチが総攻撃をかけるもガンバたちは善戦します(25話)。この25話の善戦はとても意味があります。それまではまるで歯が立たない、逃げてばかりでした。しかしネズミたち集団が一致団結して、イタチに対峙すると言うことが出来たのです。イタチの多くも命を落とします。それを見たノロイがいったん後退します。シオジの言葉は印象的です。「今までは逃げるばかりだった、とても嬉しい、これで思い残すことはない」というような言葉を言います。誇りを持って生きるという喜びに満ちている。ねずみたちが皆で力を合わせて戦っている姿に感動したのです。
 26話は最後の戦いでした。ガクシャが気づいたのは、伝説の歌が、一年に一度の渦が止まることを歌っているということでした。こういう知恵というのは、力の限り奪い尽くすようなイタチにはありません。自然の中で工夫しながら生きていくネズミにはありました。渦が止まり、しばらくすると再び渦が発生する。その自然の変化を利用してノロイを倒そうとするのです。それは知恵です。ノロイたちにはその知恵はありませんでした。この戦いは今までのそれとは大きく異なります。今までであれば逃げながら戦う、あるいは有利な地形で戦うと言うことが出来ました。しかし最後のこの場面では別のところに逃げるわけにもいかず、海の中という完全な不利な環境の中で戦わなければならない。そこにイタチをとどめておく。それは極めて困難なことでした。怯えるガクシャ、死を覚悟するイカサマ(本望だという)、とても印象的でした。渦がやってきて、イタチが渦に巻き込まれていく。ツブリたちが助けに来て、ネズミたちを救い上げていく。ガンバに襲い掛かるノロイ、そのままでは鳥とともに海に引っ張られてしまうことが分かるので、ガンバは自分が助かるのを諦めて、ノロイに飛びかかる。まさに名シーンです。
 全てのイタチが海に沈んでしまう。しかしノロイだけがその中から浮かび上がってきます。その時にはノロイは体力の多くを失い、しかも冷静さをも失っていました。ただの凶暴化した動物でした。本来のノロイの強さというのは、催眠術のようなもので操るということ、多くのイタチを部下に従えているということ、そして知性があるということでした。それら全てを失った状態だったのです。少し冷静になって、食らいついたネズミを丁寧に振り払えばいいのでしょう、場合によってはいったん引き下がればよいのでしょうが、怒りが前面に出てしまったのです。首のあたりをガンバにかまれ、出血も酷かったと思います。暴れまくり、力尽きてしまったのです。ガンバたちがノロイに勝てたのは、頑張ったからというよりは、知恵を使ったからなのです。
 劇場版「カワウソ」では、凶暴な犬が登場しますが、必要にカワウソを追いかけるだけの必然性が感じられません。残酷には見えません。知性もなく、ただ乱暴なだけなのです。劇場版「カワウソ」は、ガンバの冒険の余韻で作られたと思うのですが、全てにおいてうまくいかず、結果的には本作の素晴らしさを再発見させるような形になってしまったと思います。
 ガンバの冒険は、本当に素晴らしい作品でした。こんな作品を作る技術力は日本にあるはずです。技術はあるのに、なぜか出来ない。美少女キャラでドキドキしてしまうような人々を想定してアニメを作ってしまう。あるいは戦いとか死といった過激な内容に過敏に反応するクレーマーに脅えながら作ったりする。夕方の誰もが見る時間帯のほのぼのアニメか、深夜帯の少しエッチなアニメか、どちらかになってしまっている。嘆かわしい話だと思います。
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Posted on 2019/12/14 Sat. 21:48 [edit]

category: アニメ・特撮

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