「ガンバの冒険」感想(4)  

4)対立とケンカを乗り越える
 本作品では様々な出会いと別れ、友情と憎しみ、対立と協力などのテーマが描かれていました。それぞれの世界で生きていたネズミたちが、忠太の登場(ノロイの存在)を前に集まっていきます。お互いが自己紹介をしながら、少しずつ関係を深めていきます。人間に捕まってしまった忠太を助けるシーン(4話)は印象的でした。忠太がかわいそうというよりはむしろ、この少ないメンバーで力を合わせなければならない、他に頼る人がいない、そういった閉鎖的環境だからこそ協力するのだと思いました。
 船が難破して軍艦島に漂流したり、ドラム缶による潜水艇を作ってそれが壊れたり、非常に苦しい状況であるのに(5話、6話)、彼らは明るい。それはみんながいるからだと思います。6話のラスト、海に放り出されたネズミたちは皆で一緒に歌を歌います。大波を受けてバラバラになってしまいそうです。本当はとても不安でいっぱいなのですが、大きな声で歌を歌って心を一つにする。すると不思議と元気が出てくるものです。この気持ち、なんとなく分かる気がします。
 皆が死にそうになった時は助け合うが、ちょっと落ち着いたら今度はケンカです。潜水艦が壊れた際には、責任のなすりつけ合いをしていました。むしゃくしゃした気持ちをストレートにぶつける。特に最初の頃にはそんな姿がよく描かれていたと思います。
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 ガクシャのしっぽ、ボーボの食欲、忠太の泣き虫についても、わりと嘲笑することもありました。小ばかにするというか、いじっているというか、そんなシーンでした。最初はなかなか残酷だなあと思っていましたが、結局のところ、そうやっていじりながら仲良くなっていけばいいのだという気がしてきました。7話「ボーボがいるからだいじょうぶ」は、とてもあたたかい言葉ですね。一見すると嘲笑しているかのように見えますが、安心した時の言葉として使うのですからとても温かい。
 13話では、計画や思想で引っ張ろうとするガクシャと、気持ちや勢いで引っ張ろうとするガンバが対立してしまいます。平和になるとケンカになる、ということでしょうか。17話の下山の際にも似たような議論になりました。ガクシャがリーダーを決めようと提案します。ガクシャは自分がリーダーになりたいと思っていました。おそらくガクシャはそれまでは自分が頭脳で、ヨイショが実行という担当分けで居心地が良かった、しかしガンバらが加わったことで予測つかないような動きになり、少し焦っていたのだと思われます。なお17話ではガンバとガクシャの対立に、イカサマが加わります。いろいろとあってからは、最後はどうでもよくなります。必死で戦っている時にはそんな形式はどうでもよくなりますし、平和でのんびりしている時にはリーダーは不要なのです。ではこのやりとりが無駄だったかというと、そうではありません。こういうことは、試行錯誤しながらその無意味さに気付くのです。そうやって成長していくのだと思います。
 様々な相手と出会い、最初は敵のように見えるけれども最後には味方になるというプロセスは多く描かれてきました。7話からのクリーク、11話のトラゴロー、18話の高倉ネズミ、19話のツブリなどでした。最初は敵かと思うのですが、すぐに打ち解け合います。みな、ガンバたちの優しさや勇敢な姿に心を惹かれていくのです。
 本作品では「殴る」というシーンが数多く描かれていました。見た目は小さなネズミの小さな手を振るうわけですから可愛らしいはずなのですが、内容が分かるがゆえにその行為はとてもズシリと来るものがあります。なかなかの迫力です。「殴る」というのは、非常に感情的な行為です。一見したところ乱暴な行為に見えますが、殴るだけの十分な理由がありました。人間として許せない、その生き方として間違っている、という思いがあるのです。そんな純粋な気持ちをぶつけるということそのものは、とても素敵なことだと私は思います。
 11話はトラゴローが登場します。トラゴローはかなりいじわるでした。ここではトラゴローと仲良くなっていくプロセスが描かれていました。トラゴローがいたずらをする、みんなが本気で怒ってボコボコにする、それが行き過ぎてしまい、見ていた忠太やシジンが制止しようとする、トラゴローの本音や心の奥が見えてくる、ガンバたちは強い存在であり、自分の余裕の心によってトラゴローを許していく。そして少し楽しい時間をつくる。そうしたプロセスは非常に自然であるように思えるのです。逆に言えばそういうプロセスを経ないのに、仲良くなるなんてことは、ありえないのです。
 23話では兄(太一)が裏切り者だと分かった時点で怒り狂うイカサマ。そんなことをするなんて許せない、という強烈な思いです。周りは誰も止めようとしません。イカサマの気持ちが分かるからです。雨の中、ぶん殴りながら泣きぐずれるイカサマ。しかしその兄(太一)は、決して許しを請うたり、謝ったりするわけではありませんでした。気が済むまで殴っていい、なんなら殺されてもいい、ただ、弟を助けてやってくれという思いでした。そんな姿を見れば、もう殴る気はありません。ただただ、泣き崩れていくだけでした。屈指の名場面となりました。
 本作品から多くのことを学べると私は思います。他者と仲良くやっていくというのは難しいことです。それぞれ個性や能力やダメさを抱えた生きた姿だからです。狭い部屋の中ではぶつかりあったり、ケンカになったりするのです。必死で生きようとするからぶつかるのです。そのケンカや対立をどのようにして乗り越えていくか。彼らはぶつかり合いながら、お互いの本音や考えや欠点を理解していきます。その中で次の新しい目標や理想を見つけ、お互いは協力できる関係になっていくのです。
 最終回、全ての戦いを終えて再び旅に出ようとする際、ガンバがイカサマに噛みつくシーンがあります。一見したところ最後のちょっとした明るいシーンに見えますが、とても奥の深いやりとりだと思います。ガンバは泣いたりしんみりしたりという姿がイヤなのです。自分の感情をどのように処理してよいか分からず、自分の心の内に触れようとしたイカサマに対して、冗談半分で噛みついてみせたのです。あるいはいつもの普通の気持ちに戻ろうとした、全ての戦いを終えて、やっとゆっくり落ち着いてお互いに向き合う時間が出来た、ということでもあります。
 劇場版「カワウソ」はこのあたりを間違えているのです。最後のヨイショとガンバのプチケンカは、よく理由が良く分からず、これまでのキャラ設定から言ってかなり無理のあるケンカでした。最後にクスッと笑える場面を一つ入れたかったというそれだけの理由で無理して入れてしまっているのです。
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Posted on 2019/12/07 Sat. 22:11 [edit]

category: アニメ・特撮

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