「ガンバの冒険」感想(3)  

ガンバの冒険を考える第三回目です。
3)なぜ旅に出たのか、なぜ冒険を続けるのか
 なぜ彼らはノロイ島へ旅に出たのでしょうか。それぞれの理由は異なります。
 ガンバは、力が有り余っている状態でした。ヨイショとケンカをしたり(1話)、船の中を走り回ったり(2話)、その若さというかパワーといったものが溢れているようでした。忠太に対する優しさというのもありますが、それよりも何よりも、圧倒的な脅威や恐怖に対して自分の力を発揮させたいという気持ちが強いのでしょう。最初は海が見たいというその気持ちを持っていました。ガンバは最初のシーンから夢というか理想というかそういう遠いものを見つめていたのです。以前はパチンコ店の裏に住んでいたと言います。物に溢れていたのですが、狭い場所で面白さに欠けていたのかもしれません。なぜのろい島へ?というイカサマの問いかけに対するガンバの姿が印象的でした。分からない、しっぽが立つんだよ!というシーンです。後ろに綺麗な海が見えます。このシーンは中心がガンバでなく海です。海が呼んでいるという印象さえ受けます。
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 ヨイショが旅に出ようと思ったのは、ガンバに惹かれたからです。ガンバを眺めていて何か面白そう、自分の心の中の何かがくすぐられるような感覚です。自分はこのまま狭いところで威張っていていいのかと自問したのだと思います。また、かつてノロイと戦って負傷したということについて、復讐心もあったようです(4話)。
 ガクシャはヨイショにくっついていく、というのが最初の理由です。それと同時に、ガクシャは自分の頭脳に自信があります。自分は必ず役に立つはずだと思っている。強大な敵を相手にするのであれば、それは頭脳戦になると予想できたのです。
 当初イカサマは、旅に同行するつもりはありませんでした。3話でいったんは故郷の町に戻ったのです。しかしそこでも決して居心地が良いわけではなく、ガンバに惹かれながら旅に同行していくのです。しっぽがうずく、というガンバの理由を聞き、自分の中に何かが動いたのでしょう。
 シジンは、最初は酒を飲み、べろんべろんに酔いつぶれているような姿を見せていました。本当は酒を飲んでじっとしていたい、そう思っていたはずです。シジンは決してノロイを倒すことに強い思いは持っていませんでした。ところがシジンを突き動かしたのは医者という点です。勝手に診察をするなと怒ったこともあります。他のネズミたちが負傷したり病に陥ったりする中で、彼は自分の存在意義をそこに見出したのでしょう。
 ボーボはなんとなくガンバについていく、といったところでしょうか。最も積極的な理由がないのがボーボです。引き下がる勇気がなく、独りになるのもイヤなので、そのままついてきたという感じです。ところが途中からボーボの鼻の良さ、食べ物の匂いをかぎ分ける力が役に立ちます。穴を掘る力も役に立ちます。
 ネズミたちは、なんとなく、何かに突き動かされながら、ノロイという強大な敵と戦うための旅に出るのです。旅に出るということによって、生きる意味というものを得たのかもしれません。自分はどういう存在か。よく分からないような状態から、なるほど自分はこういう存在なのだというアイデンティティを得たような状態になるのです。目的や意味があると、なんとなく落ち着くのかもしれません。
 さて、船が難破したり、食料が無くなったり、しばらく旅を続けていると疲れてきます。7話で自然豊かな島に漂着した時には、この大地に安住しようとします。12話でも同じような雰囲気になりました。危険な旅を続けていると今度は落ち着きたくなるのです。
 さて、旅の目的を再考しなければならない時が来ました。それが7話からのザクリとの戦いです。ガンバたちは目的について深く悩むことになります。クリークやイエナはもはや他人ではありませんから、ザクリにいじめられるのを黙って見てはおけません。リスたちは別の場所へ逃げるということもしません。はたして、命をかけてザクリと戦う意味があるのか。よく考えれば、最初からノロイとの戦いに勝つ自信などはなかったのです。ガンバたちにとってザクリとは、本来の目的(ノロイ)ではありませんが、しかし弱い者をいじめようとする残酷な存在であるという点では同じでした。クリークは、ガンバたちに対して島から出ていけという。「英雄気取りはやめてくれ」という。自分たちは間違っていたのか? 何のために戦うのか? ガンバたちは深く悩みます。クリークの妹が拉致されてはじめて気がつく。自分たちが戦うのは、決して強さを自慢したいからではない。大切な何かを守るためなのです。こうして彼らはやっと自分たちの目的を見出すことが出来ました。とても印象的なシーンでした。
 カラス岳に登る際(14話~16話)にも様々な困難に直面します。この部分はノロイ島へ行くという目的は後退し、山頂で仲間と会うということが第一目的になります。16話の終わりに7人が集結しました。そこでノロイ島を見るのです。分裂した仲間と再会し、山頂で合流するという目的が達成し、本当の目的がそこに見える。山頂から見下ろす風景は絶景のはずです。静かで美しいはずです。しかしそこには恐ろしい敵がいる。複雑な心境です。
 ノロイが登場してからは旅の目的なんてものは考えなくなります。そんな余裕は無い。とにかくこの目の前の困難を乗り越えることを考えます。ノロイを目の前にして多くの犠牲者が出てきます。すると犠牲者のためにも戦うという気持ちが出てきます。最後の戦いにおいて、海の真ん中でイタチの大群に囲まれる。そこでシジンがつぶやく。「若者たちは何のために?」ネズミたちを助け、悪いノロイを倒すためだと頭では分かっているのです。しかし恐怖のどん底で再び湧き出てくるのです。なぜこんなことになったのだろう、最初からこんなことを目指していたのか、と。
 ノロイを倒した段階で、本当は旅が終わるはずなのです。最初の目的が達成できたのです。しかし再び彼らは旅に出ようとします。そこは忠太を含むネズミたちの島なので、そこにはいられないということもあったでしょう。私はもっと積極的な理由を考えます。彼らは冒険の旅の中でこそ、生きているという実感を得るのです。
 ちなみに本作品のエンディング曲はとてもいいですね。とても不思議な曲です。「旅はもう、これまでだ。冒険を打ち切ろう」という歌詞は毎回ずしりと来ます。毎回番組の最後にこの言葉がのしかかる。旅を辞める?目的を放棄する?そんな選択肢がちらつくのです。しかし「けれどもガンバは指差した、小さな島を」という歌詞が続きます。理想であり、目標であり、生きる証でもある。
 劇場版「カワウソ」は、明らかに不十分でした。ガンバたちが旅に出る理由も、旅を続ける理由も、いまいちはっきりとしませんでした。最初はシジンを励ますとか、助けるといった視点でしたが、その話は途中から曖昧になってしまう。カワウソの話になり、「乗りかけた船だ」「そうこなくっちゃ」等と言っていましたが、それは到底納得できるようなものではありませんでした。カワウソのために命を賭けるというのが、なかなか理解できませんでした。80分にまとめようとしたこと自体が無理だったのかもしれません。
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Posted on 2019/11/30 Sat. 22:03 [edit]

category: アニメ・特撮

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