「シン・ゴジラ」感想  

image[c12]

おそらく制作者が表現しようと思ったことの最も大きい個所は、
「突然やってきた巨大怪獣と、政府対策チームとの戦い」
ということになるでしょうね。
前半では、圧倒的な破壊力とパワーで、東京はめちゃくちゃにやられてしまうのですが、
後半では、政府およびその周辺の人々の工夫でゴジラに見事、勝利する。
そんな姿を描いています。
単純明快で、子ども向け映画といった感じです。
しかもそれを、どうやら美的感性を含んで表現している。

ゴジラが暴れるシーンは、
ナウシカの巨神兵登場のシーンとそっくりです。
確かあれも、庵野秀明が作画したと思います。
おそらく、そういうシーンが大好きなのです。


で。
制作者たちは、それ以外の細かな人間的な描写や心の動きについては関心がない。
「ここまで人間を単調に描くか?」というほど単調です。
1人の人間は、1つの表現しかしていないのです。
あの、冷たい表情できざなセリフをべらべら吐き出すというその姿に、
「かっこいい、しびれる」という人と、
リアリティを感じない人というので、大きく分かれるのだと思います。

私は後者です。

イケメンや美女が政府高官や官僚の中にいるというのは、とてもアンバランスな感じです。
それを納得させるような細かな設定や描写が欲しいのですが、それは省略です。
アメリカから石原さとみがやってくるというのは、
どう考えてもリアリティが欠けています。
(石原さとみは嫌いではないのですが)

なぜか、

シーンとしているのです。

台詞以外は、全て「無」となっていて、
なんだか、混乱した様子も、緊迫感も、
言い争っている様子も、伝わってきません。



一般的なパニック映画は、
人々の自然で豊かであたたかい日常生活があって、
それが崩壊していくという姿を描きます。
『ディープインパクト』はそのあたりがよく描かれていました。

おそらく本映画の制作者たちは、
ぎゃあぎゃあ泣きわめく人々の姿が、根本的に嫌い(見たくない)のだと思います。
ですからそれに共感する人は興奮するし、
共感しない人は冷めていく。

ゴジラと政府役人との戦いだけを、表面的に描いていき、
凄まじい迫力、映像と音楽で、これでもかと描いていく。


その一方で、
人々の悲しさも、それを乗り越えた喜びさえも全くといっていいほどに描かない。
本映画の制作者たちは、「人間の感情」というものが「嫌い」なのだと思う。

もっというと、
政府の役人(無能な役人)もまた「嫌い」なのだと思う。
冷たい表情でぱっぱっと論理的なことを喋っていく。
一般の人から見て異常と思われるような特異な人々が活躍していく。
そういう姿を「好き」だと感じているような、
そんな人々がこの映画を制作していると思うのです。


おそらく制作者たちは、
「これが俺たちがやりたかったことだ」と言いたいのでしょう。
いくら周囲が批判しても、否定しても、
「だったら見るなよ」というふうに素直に思うことでしょう。

明確な信念やビジョンで制作されているというのは、
分かります。


その一方で、
多様な要素が混在している方が、
1つの要素で制作するよりも、魅力的だということを、私は思うのです。

ナウシカの映画の中で、
あの巨神兵のシーンはカッコよく見えるのに、
ああいうシーンばかりだと、逆にカッコよく見えてこない。
そういうふうに思うのです。


スポンサーサイト



Posted on 2017/05/08 Mon. 21:28 [edit]

category: 映画

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://kazeandsoraand.blog.fc2.com/tb.php/773-61c16a2a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

カテゴリ

最新記事

最新コメント

お客様

検索フォーム

リンク


▲Page top