『おおきなおおきなおいも』感想  

(作:市村久子、絵:赤羽末吉、福音館書店、1972年)幼児は現実の感覚が十分ではないため、ふわふわとファンタジーの世界に入っていける。「いもほりが延期になった」ということから、イメージが膨らむ。目の前に物が無ければ頭の中で創造する。それが人間の力である。大勢の子どもたちで一つの世界を作り上げるところも、とてもよい。巨大ないもの絵を描いた子どもに「どうやって掘りだすの?」と問いかける先生も素晴らしい。ファンタジーではあるが、魔法や超能力は出てこない。ヘリコプターなどリアルさも含まれており、真のファンタジーとは何かを考えさせてくれる。
 ここは、あおぞらようちえん。先生はこんなことを言います。「明日は芋ほり遠足です」子どもたちは大喜び。ドキドキワクワクしかし次の日は、雨でした。1週間延期になってしまいました。子どもたちは「あーあ、残念だなー」等とは言いません。1週間延期になったということは、すなわち、その間もおいもは大きくなるということです。どんだけ大きくなるのかな?絵に描いてみようという話になります。大きな模造紙をつないで、そして巨大な絵が完成するのです。(この絵本では、子どもたちの巨大な絵は、14ページで表現されています。)先生もビックリです。先生はこんなことを言います。「こんなおおきなおいも、どうやって掘り出すの?」子どもたちは、協力して、スコップで掘り出すと答えます。綱引きのように。どうやって運ぶ?バス?トラック?ダンプカー?ヘリコプター!!泥だらけの巨大なおいもを、幼稚園に運び、水をかけて泥を落とします。プールに浮かべれば潜水艦、色を塗れば恐竜、どんどん、変わっていきます。先生はこんなことを言います。「いっぱいあそんだら、それから、どうするの?」子どもたちは、食べようと答えます。小さく切って、てんぷら、やきいも、だいがくいも、等。おいもパーティーです。おなかがいっぱいになると風船のようになって、大きな空を飛んでいきます。夕焼けだから、帰ろう、というところでこの絵本は終わりです。
 さて、子どもたちは芋ほりをしたのでしょうか?いえ、雨天延期だったので、教室で絵を描いたり動き回って遊んだりしているだけなのです。実際の子どもたちの姿を描いているのではなく、子どもたちの想像の世界を描いているのです。幼稚園教育とは、おそらく、このようなファンタジックなものだと考えられます。子どもたち一人ひとりが個性的な発想や新しい考えを投げかけていきます。「ぼくは恐竜の牙を描くぞ!」「ぼくはしっぽだ」「てんぷらだ!」「やきいもだ!」一人ひとりの個性的な言葉が聞こえてくるようです。どんどん新しい発想が起こり、遊びが発展していきます。本当に楽しい遊びというのは、まさにこのように「どんどん発展していく」ようなものなのです。そして集団遊びの中にこそ、個性が発揮されるのだと思います。
 先生は何をしていたでしょうか?殆どの場合、暖かく見守っているのです。何もしていないわけではありません。ちょうどいい箇所で、質問を投げかけ、驚き、笑っているのです。まさにそのような緩やかなかかわり方こそが、幼稚園教育にとって大切なことなのです。この絵本では、「子ども一人ひとりを描いているスケール」から、「巨大なおいもや、子どもたち全員の非常に大きなスケール」へと拡大します。それは、おいもがあまりにも大きくて紙一枚では入りきれないからです。絵本14ページもかけて大きなおいもを描くことで、スケールは大きくなるのです。子どもの姿は簡単な三角形で描かれていますが、この描き方であるからこそ、スケールが大きくなった後も、子どもの形を変えることなく、描くことが出来るのです。
 子どもたちの雰囲気や想像力が見事に描かれている絵本です。ファンタジックな活動に、人間教育の基本が含まれていると思うのです。ファンタジーだといっても、魔法や超能力は出てきません。ヘリコプターやトラックなどはリアルです。いわゆる映画等で描かれるファンタジーというのは、子どもが想像するファンタジーとは異なるものなのかもしれません。ピンクの色づかいは、おいもの感じを十分に出しています。
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Posted on 2012/01/08 Sun. 23:50 [edit]

category:   3) 遊びの共有

thread: 絵本 - janre: 本・雑誌

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