「最近のアニメ・特撮・子ども向けTV番組」考  

 私は、昔の子ども向けテレビ番組にのめりこんで感動していましたが、最近のテレビ番組を見ると憂鬱な気分になります。テレビアニメや特撮番組について考えてみたいと思います。
 1)おじさん、おばさん、が登場しなくなりました。
 しわがあって、ぜい肉がどっぷりついているような、あるいは貫禄があったり、人生経験が豊かであったり、そういう、かっこいいおじさん、おばさん、が登場しなくなりました。意地悪なおばさん、ふつうのおじさん、真面目なおじさん、当たり前の風景です。登場人物は、殆どが美少女と美男子です。子どもが見るということを想定しているのかもしれませんし、たとえ大人が見るとしても、子どもを基軸にして描くことが、ねらいなのでしょう。主人公が子どもや青年であることには問題はないのですが、年配者が出ないのは問題です。物語として、ひらべったくなってしまうのです。そこに豊かな世界が開けないのです。まるで高校の学園祭風景のようになってしまうのです。大人社会を描くことが苦手なのでしょうか?あるいは大人が嫌いなのでしょうか?あるいは大人を見たくないのでしょうか?年配者が登場しなくなったということで、生き様であるとか、人生の葛藤は、殆ど描かれなくなってしまいました。子どもたちがアニメを見てそこに社会性や人生観を学ぶということができなくなってしまったのです。
 2)悪者は、悪いことをしなくなりました。
 本来、悪者は、社会に対して悪いことをするので、正義の味方は、正義をかけて戦うのです。重要なポイントは、悪者が、悪さをするということです。一般の人々の、幸せな生活を、崩壊させるから「悪い」のです。人々を苦しめたり、殺したり、悲しませたりするから「悪い」のです。社会の人々が描かれ、その人々が不幸に陥れられてしまう。その元凶である悪者を退治しなければならない時に、ヒーローが必要なのです。人間社会のおじさんたちがいて、おばさんたちがいて、みんなが困ってしまう。この時間は、ヒーローの登場を待ち望んでいる時間です。それは、とても大切な時間なのです。昔の仮面ライダーは、最後の最後まで登場しませんでした。特に変身せずに、生身の身体で悪者と戦っているシーンも長いのです。見ていた子どもたちは「早く変身しろ!」と思いながら、ドキドキしたものです。変身した後は、あまり喋りません。寡黙で、ひたむきで、かっこいいのです。一方、最近のテレビヒーロー番組において、悪者が悪いことをするというシーンすら省かれています。いわゆる悪いことを企んでいるという状態です。犯罪を計画しているだけであることも多いのです。そんな状態であるにもかかわらず、ドンパチするので、ヒーローがかっこよく見えてこないのです。ヒーローは、番組の前半から登場して、様々な会話をします。しかも敵が、けっこう人間味あふれていたり、優しかったりします。もう、どっちが正義の味方なのか分からなくなる時もあります。日常的に、カッコつけるセリフを多用しています。今から悪いやつを退治しようという時に、「俺様は強いんだぞ」とか「お前はしょせん二流だ」とか、「ふふふふ、俺のすごさを知らないな」とか「もう、迷わない!」とか余計なセリフが多いのです。ぺちゃくちゃ喋っていることが多いのです。これではせっかくのヒーローが台無しです。サッカー選手がシュートの直前で、「俺様のシュートの威力が見たいか?」「お前のそのフォームは、隙だらけだな!」などとぺちゃくちゃ喋っていたらかっこよくないはずです。そもそもヒーローたちは、本気で命を懸けて戦う理由がないのです。なぜならば、悪者が悪いことをしていないからです!「ゆるさん!」という怒りに満ちた言葉が出てこないのです。それゆえ力を合わせよう、諦めたら終わりだ、このあたりのいわば陳腐なイデオロギーを繰り返し提示するしかないのです。最近の特撮ヒーローは、カードとか、手元の小さな装置を使うことが多くなりました。(商品を売りたいのでしょう)しかし変身というのは、本来は全身運動のはずです。歌舞伎のように、ヒーローが登場するシーンというのは、キメポーズがあって、カッコいいものなのです。「ぼけーっ」とつったっていて、カードを箱に入れて「変身!」と言われても、全然カッコよくありません。
3)変身シーンと戦闘シーン主人公は、本当の意味で変身しなくなりました。
 主人公は、日常生活とヒーローになる時とで変身します。それはやはり変身なのです。普段の生活を知っている人は、まさか彼がヒーローだなんて知らない。本人は、自分が変身するということを隠しているのです。最近のアニメや特撮では、そういう状況が少なくなってしまいました。変身とは、たんにパワーアップするだけではダメなのです。私たちの平和な日常生活が維持されている限りでは、ヒーローたちは、登場しなくていいのです。ふだんは楽しく、のんびりと生活していればいいのです。悪い奴が登場し、一般市民が危機に陥るからこそ、変身が必要なのです。そしてヒーローは、どこからともなくやってきて、あっという間に悪い奴をやっつけて、去っていく。それがカッコいいのです。最近のテレビ番組では、当たり前のように変身し、日常的に変身し、変身した後も、その前と同じように普通の会話をするのです。戦闘シーンでは、なかなか敵が死にません。製作者側は、「敵が強い」ということが言いたいのかもしれませんが、私には、主人公が弱すぎるというふうに見えます。とにかく見ていてスッキリしません!最近の特撮では大量の武器を駆使して、どっかんどっかんやっているのです。まさに、そういう映像を見せて視聴者を驚かせようということなのでしょうが、何度もああいうものを見せられると、飽きてくるのです。あれだけの重火器を駆使していいのなら、私にだって子どもにだって戦えるはずです。もうヒーローは必要ないのです。(自衛隊を呼べ!)主人公が負けそうになることもあります。毎週30分で完結する番組であれば、頻繁にピンチになることの方がおかしいのですが、たまーにピンチになっても「よし」としましょう。ところでそのピンチを乗り越えるにはどうすればいいでしょうか?殆どの場合、 仲間が助けに来てくれる、 力を合わせて敵を倒す、 新しい武器を入手する、というお決まりパターンになっています。しかしこれでは内容が薄っぺらなのです。主人公が勝ったことにはならないのです。念じただけでどんどんパワーアップした武器を手に出来るのであれば、最初から苦労しません。困ったらすぐに誰かが助けてくれるのであれば、そもそもピンチではないのです。頑張ればなんとかなる。気持ちが大切、という方法は、たまーに使うのであればよいかもしれませんが、それが頻繁であればダメなのです。ちょっとふんばってパワーが出てくるのであれば、最初から出ているはずなのです。ヒーローは孤独なのです。「武器や仲間は不在」だという制限があるからこそ、主人公は苦労するのです。負けそうになって、ピンチになるのです。それがピンチなのです。どうすれば勝てるでしょうか?それは頭を使うのです。敵の弱点を探すのです。敵が最も不利になるような場所で戦うのです。これこそ、宮本武蔵や過去のヒーローモノに共通する、面白さなのです。もし、主人公がパワーアップするのであれば、一度、負けて、逃げて、隠れて、訓練して、成長する、という長い時間をかけるべきなのです。主人公は、あくまで視聴者とともに成長しなければならないのです。
4)ヒーローものに、なぜ恋愛?? なぜコメディ??
 昔のヒーローモノでは、美男子であるとか、そういう性的なことは、殆ど気になりませんでした。視聴者の一部のマニアの間ではウケがよいかもしれませんが、少なくともそれを当初からねらっているわけではありません。最近のアニメや特撮を見ると、あまりにも恋愛を意識した配役です。(キレンジャーの存在ははやり偉大なのです。)配役が変わると今度は、内容も若干変わってきます。美少女と美少年が、愛や恋について語り合うようなシーンが見られるのです。これはもう、本当にきつい。いつの間にか、か弱い女の子が、半裸状態で、激しく暴力をぶつけ合うシーンもあります。なぜ、このように色恋沙汰が中心になってしまったのでしょうか?それは、子どもではなく、子どもの親を意識しているからです。それらは、大人の願望と性欲に答えているのです。確かに恋愛には大きな魅力やパワーがあるかもしれません。しかしながら、テレビアニメや特撮モノで、なぜ性欲を満たさなければならないのでしょうか?男の子向けと女の子向けとが区別がなくなった、といえば聞こえはいいのですが、それは、正義感で悪者を退治するというカッコよさと、美しさで人々を魅了するという可愛らしさとが、混同されているということを表します。また、ドタバタコメディがあちこちで登場します。これはなぜでしょうか?平和な世の中を表現しようとしているのでしょうか?気分転換をしようとしているのか、あるいは物語の世界に広がりや深みを持たせようとしているのか、分かりません。しかし重要なことは、土台となる物語があって、その上に様々な要素が入ってくるのであって、土台となる物語がしっかりしているからこそ、笑いも、キザなセリフもはまるのです。悪者が一生懸命に「悪いこと」をしている時に、間違えたり失敗したりするのが許容範囲の笑いです。ヒーローを倒そうと頑張っているにもかかわらず失敗する。その笑いが限界です。最近のアニメや特撮の中に登場する笑いは、その許容範囲を超えています。うけを狙ったボケをするのです。しかもそれを中心的なヒーローが行うのです。100歩譲ったとしてもそれが出来るのは道化役のキレンジャーでなければなりません。かっこいいはずの主人公がそんなことをしてはダメなのです。悪者が数人集まって、ボケツッコミの漫才をすることもありますが、もうこうなると、真剣に見る気持ちになりません。お笑い番組を見て、その後に戦闘シーンを見るようなものです。ヒーローモノという土台そのものが崩壊しているのです。ヒーローモノの魅力は、何の罪もない一般市民を殺したり傷付けたりする悪い奴らを、圧倒的なパワーで一瞬で倒してしまうという、そこにあるはずなのです。
5)これは子ども向け?か
 BPOの視聴者の意見を読むと、多くの不満があるようです。アニメや特撮=子ども向け、という理解のままそれら番組を見ると、あまりにもその内容の酷さに愕然とするでしょう。そもそも、それらは、子どもが見て喜ぶようには作られていないのです。表向きは、子どもが商品を買うように、子どもが商品を買いたくなるように、作られています。しかし子どもが内容を理解し、子どもがその内容で、子どもなりの感動をするようには、作られていないのです。少年心をくすぐるような、素晴らしいヒーローモノは、消えてしまったのです。テーマソングも、昔のような力の入った名曲は殆どなくなってしまいました。子どもは英語で歌えるのでしょうか????こういうことは、たんなるサブカルチャーではなく、教育学にとっても重要なテーマではないでしょうか?
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Posted on 2011/12/21 Wed. 21:58 [edit]

category: アニメ・特撮

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