『のにっき 野日記』感想  

(作・絵:近藤薫美子、アリス館、1998年)親イタチの死を子イタチが悲しむ。親イタチの身体は、多くの虫たちの餌となり、次の生命を生み出す。11月から冬と春を経て、5月までの時の変化。ゆっくりした時間の流れが絵本という形で具現化される。長い時間の変化を記録するのが日記である。ここに無数の虫や動物、出会いや葛藤などが凝縮される。食物連鎖という言葉では表現しきれない。私たちは死んだ動物をすぐに処理しようとする。私たちの死体はどんな動物にも触れさせない。はたしてそれでよいのだろうかと思ってしまう。文章のない絵本は、じっくり眺めたい。どんな音が聞こえる?


 ちょうど木枯らしが吹く頃、冷たい風が枯葉を落としています。イタチの親子が描かれています。親イタチが死んでしまい、子イタチが悲しんでいます。11月13日のことです。この絵本は右上に日付が記録されています。11月14日冷たい雨が降ります。11月17日アブやハエが寄ってきます。「うまそうだな」様々な言葉が聞こえてきます。11月25日イタチの死体はたくさんの虫たちがおいしそうに食べていきます。うじむしがかくれんぼをしています。12月6日ネズミや小鳥もよってきます。1月23日深い雪です。2月26日イタチの死骸はもう骨だけになっています。虫たちは春が訪れるのを待ちわびています。3月8日たくさんの虫や動物たちが溢れてきます。アリ、モグラ、テントウムシ、蝶々つくしです。4月3日たくさんの虫たちが元気に遊んでいます。虫たちの楽しい日々が描かれています。5月12日ヘビ、スズメ、カエル、ネズミ。ネズミをぱくっと食べたのが、イタチでした。最初のページでは子どもでしたが、もう大人です。子どもにエサを上げているところでした。
 わたしたちは目の前のイタチのことに心を奪われます。一つの動物の誕生は、喜び、一つの動物の死は、悲しみ、そんなふうに見えます。しかしもっと大きな世界観、時間の流れでとらえるとすれば、一つの大きな流れであるように見えてくるはずです。生きること、死ぬこと、本来それは大自然の中の一部に過ぎません。食物連鎖と呼んだり、弱肉強食と呼んだりすることもあります。この大きな流れには、起承転結のような起伏の富んだ物語はありません。登場人物に対する共感もありません。にもかかわらず、大きな流れであるようにとらえるならば、そこには物語が見えてきます。季節とはまるで大自然の呼吸のようです。冷たい風が吹けば、動物たちは静かに息を潜め、暖かい風が吹けば、動物たちは満ち溢れます。そしてそのような大きな変化は、この絵本のように単純な物語によって初めて、「見える」ようになります。そして見えるようになるためには、最も基本的な作業であるところの「記録する」ということが必要です。毎日目の前で起こっていることを正確に記述すること、その記述によって、一つの絵本が出来上がります。「記録する」という退屈な作業を、何度も繰り返すことによって、大きな時間の流れを「見る」ことができます。そんなことを語りかける、美しい絵本です。
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Posted on 2011/12/01 Thu. 21:30 [edit]

category:   4) 自然に還る

thread: 絵本 - janre: 本・雑誌

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