『グリーンマントのピーマンマン』感想  

(作:さくらともこ、絵:中村景児、岩崎書店、1983年)壮大な間違い。本書を読んだらピーマンが食べたくなる? ありえない。子どもがピーマンの苦味が嫌というならば諦めた方がいい。説教の代わりに芸術作品を使うべきではない。食育ならばピーマンの栄養素や生命性を取り上げ、「ピーマンは美味しい」と伝えるべきだ。苦いことを認めるべきではない。また、本書の主人公はカッコよくない。ヒーローならば子どもに嫌われたくらいで泣くな! なお、バイキンはまだ何も悪いことをしていない。ピーマンは免疫力を高めるのであって、殺菌するわけではない。苦さや臭さを武器にするべきではない。全て問題。
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 この本がどうやって生まれたのか、想像できます。子どもがピーマンを食べないので、なんとかして興味ある話を持ってきて食べたくなるように仕向けたいのです。で、ごんたろうは、これが壮大な間違いだと言いたいのです。子どもがピーマンの味を苦いと思うのは、分かります。大人がピーマンを食べさせたいと願うのも、分かります。しかしそこから、子どもたちが喜んで読むであろう絵本の中に、説教を含めてしまうのです。
 絵本という、いわば「感動を与える芸術作品」に、説教や指導を委ねようというのです。自分の力で、自分の人生をかけて子どもに説得すべきところを、絵本をポンと渡せば、喜んでピーマンを食べるであろう、等という安易な考え方が間違いです。親や保育士は、自分の言葉で、自分の思いとして、ピーマンも食べようと伝えるべきであって、その仕事を絵本に任せてしまうというのは、不適切だと思います。本を読んでピーマンが食べたくなるということは、おそらくは、ありえません。脳の中が全く違う部署なのです。もし、それでもなお絵本に、メッセージを入れようとするならば、ピーマンの栄養素や生命性を取り上げて、写実的な絵または写真で伝えるとよい。あるいは多くの料理を示して、それをニコニコ笑いながら食べるという姿を見せ、「ピーマンは美味しい」と伝えるべきです。しかし本書はそういうふうには進みません。ピーマンが苦いということを、認めてしまっているのです。苦いけれども栄養がある、という主張をするのです。すなわち、ピーマンは薬のようなものだから食べなさいと言っているのです。それで食べたくなることは、ありえないと思うのです。食べるという行為の根底には、快楽と幸福がある。ですから不快な関係や不幸の中では食べたくなくなるのです。少し踏み込んで考えてみればわかることです。
 ピーマンは殺菌能力があるわけではありません。消毒液ではないのです。ピーマンを食べると身体の免疫能力が高まっていき、バイキンが体内に侵入したとしても、免疫力で病気にならなくて済むのです。しかし本書では、大きく方向性が異なっています。バイキンはまだ外にいて、何もしていません。体内に侵入して重要な臓器を弱めるとか、そういうことではありません。何か悪いことを企んでいるレベルです。ピーマンマンがやってきてバイキンを殺すのです。その際に、苦さや臭さを武器にしてしまっています。体内に侵入したバイキンを退治するのは、白血球とか、体調全般なのです。ですから、ピーマンがマントをつけてバイキンを殺すというのは、人間の身体の可能性を捨象し、歪んだ理解をさせてしまうのです。100歩譲って、このような話が必要だとしても、最大の問題は、本書の主人公がカッコよくないということです。ヒーローならば子どもに嫌われたくらいで泣くな!と言いたい。少なくともカッコ良さがあって、物語として面白いのであれば、その点で評価できるのです。しかしそれすらなく、たんに保育士の思いつきのレベルで絵本を作っているように思えるのです。
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Posted on 2015/05/07 Thu. 23:50 [edit]

category:   3) 食べること

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