大河ドラマ『太平記』感想  

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最近の大河ドラマは美男美女が大量に投入され、

変な脚色ばかりに力を入れてしまい、

その結果、物語全体の味と深みが無くなり、

その結果、視聴率は下がり、誰も見なくなるという悪循環を迎えています。



なぜ登場人物たちはあんなにキザでカッコつけようとするのでしょうか。

あるいは美男美女でないとすれば、演技力のないお笑い芸人です。

演技力があって無名の個性派俳優って、たくさんいると思うのですが、

名前の知れたお笑い芸人をとる、というのが現在の大河ドラマです。







1991年に放送された大河ドラマ『太平記』は素晴らしい。

まず、テーマ曲が素晴らしい。

もう、めちゃくちゃカッコいい!

何度聞いても鳥肌が立ちます。

冒頭の篳篥の不気味な音色は、本編でもたびたび登場します。

(三枝成彰の名曲といえば他にも『宮本武蔵』が好きです)

滝や荒野を背景にキャストの文字がでんと出てくるのですが、

その人物名をみるだけで興奮します!


前半22話までは、鎌倉幕府の統治下にあって苦しみながら耐え抜く姿、

各地の大名が少しずつ連携しながら立ち上がり、

鎌倉幕府を倒すまでが描かれています。


足利直義は、北条の悪政の中、怒りに満ちている武士たちを象徴しています。

カッカッしながら困惑する直義がよく表現されています。

冷静に世の中の動きを予測しようとする高師直。

足利尊氏は一見すると優柔不断で迷ってばかりいるように見えるのですが、

いざという時にはバシッと決めてます。

それくらい慎重な方がいいかもしれません。

女に弱く? 美しいものに憧れる、

誰かを踏み潰して上に立とうという気持ちが少なく、

結果的には多くの支持者が集まってくる。

そんな描き方です。

とても人間味を感じます。

父の死や多くの人々との出会いの中で、

尊氏は少しずつ学び、成長していっているところがいい。

例えば佐々木判官の振舞いから、いろんなことを学んでいます。

真田広之というイケメンだからかっこいいのではなく、

直球勝負の直義と冷血冷静な師直に挟まれ、迷い苦しみながら、

自分の理想に向かってつき進もうとする姿がカッコイイのです。

カッコ良さというのは、本人の姿形ではなく、

脇役によって決まるのです。





1年間で鎌倉から建武の新政と南北朝という騒乱の時代を描くにしては、

倒幕までにかなりの時間を割いているように見えました。

しかしドラマを毎回みていると、

いつ反旗を翻すか、いつまで我慢するかということで、

各地の武士や公家たちの動きがとてもよく伝わってきます。

陰謀

腹の探り合い。

山中を伊賀に向けて逃げている楠木正成を、尊氏が見逃すあたり。

緊張感があってとてもよい。

早すぎてしまうと日野俊基のように処刑されてしまう。

その緊張感がピリピリしていて、

しかも、少しずつその空気感が変わってきます。

後醍醐天皇を中心に、楠正成が挙兵し、

足利、新田、佐々木らの戦いによって一気に鎌倉幕府は崩れ去ってしまいます。

楠正季の竹を割ったような真っすぐな性格もよい。







北条高時のキモチワルサ、不気味さは圧倒的です。

それでいて深い人間らしささえ感じます。

迷いや苦しみもよく表現されています。

長崎円喜は、本当に悪いやつに見えてきます。

独裁者、暴君です。

当時の北条幕府の政治力は、極めて一方的で間違ったものです。

各地で反乱が起こり、抑えられなくなった時の彼らの議論が特徴的です。

彼らは、反抗する者は武力で抑えてしまえばよい。

反乱する者が悪い。

反乱に味方する者が悪い。

人質をとって反乱を防ごう、などという発想です。

各地の不満の原因は北条幕府が作ったというのに、

そこに対する反省や熟慮はありません。

自分たちの力を過信していたのですが、

気づいた時にはもう遅いのです。

あっという間に六波羅探題も破れ、

あっという間に鎌倉は敵に囲まれてしまったのです。

その狼狽ぶり、絶望した権力者たちの姿はとても印象的です。

多くを語りません。

ばたばたと自害していく姿は、重くて深い。

私たち視聴者は、長崎円喜に対して「そうだ、お前が悪いんだ、反省しろ」というメッセージを向けてしまいます。

自害する際には、反省したり原因分析をしたりするわけではなく、

ひたすらこの運命を受け入れようとする姿が読み取れます。

まさに名シーンです。








23話以降は、建武の新政です。

多くの武士たちは、鎌倉幕府に対する不満があったから戦ったのです。

公家一統の世界を望んでいたわけではありません。

武士たちは領土の拡大や安定を求めていたわけですから、

後醍醐天皇の政治がスムーズに行くはずはありませんでした。

足利尊氏、新田義貞、楠木正成、後醍醐天皇、みんな直接会って話をすれば、

うまくいくと思うのですが、

距離があると、つい、疑心暗鬼になってしまい、

どんどん離れてしまう。

そんな姿がよく表現されています。

足利尊氏は、後醍醐天皇の世の中を支えるために苦心していました。

史実かどうかは別として、

本ドラマでは、純粋に、懸命に人々をまとめて、世の中をよりよくしようとしていました。

その結果、

武士を束ねていき、どんどん後醍醐天皇から離れていったのです。

そのあたりのジレンマが重い。


美しいものに憧れ、朝廷の権威を信じてきた尊氏が、

周囲に押されて、気がつくと反逆者となってしまう。

しかし私たちかすれば、

公家一統の世の中を作ろうとする後醍醐天皇の方が間違っているように思えます。

朝廷の権威を信じる者たちであっても、武士の実力がなければ何も出来なかったのです。



悩みながら、

ついに足利尊氏が反旗を翻す。

湊川の合戦、およびそれ以降の諸戦において、

名和長年、楠木正成、北畠顕家、新田義貞らが次々と死んでいきます。

尊氏の頭の中には、戦いが長期化するのは、後醍醐天皇が公家一統の世の中を目指すからです。

後醍醐天皇が崩御してしまえば、もはや戦を終わらせることが出来なくなってしまう。

その葛藤が、よく伝わります。


後半は、足利の内部分裂が描かれます。


諸国の戦で勝利しながら、各地での略奪をせざるをえない状況にあった高師直と、

幕府の内政を行い、秩序の維持を目指す直義との間で対立が起こります。

権力者の座にあって高師直は、節制がきかなくなってしまいます。

それを直義は許せません。

この対立は、私たちからすれば、尊氏に原因があったように思えます。

尊氏が「戦については師直に任せる」「政については直義に任せる」といって丸投げしてし、

任せるといっておきながら必要に応じてちょくちょく口をはさむ。

こういうリーダーのあり方は、

現場に多くの混乱と葛藤を生んでしまいます。

とはいえ、尊氏の気持ちも分からないわけではありません。

尊氏は二人を信用していたのです。


高師直が殺されるシーン、

直義が、尊氏によって毒殺されるシーンは、

とても印象的な名シーンです。

二人のそれぞれの死に方は、とても悲しく、哀れでした。

深く心に残ります。

世の中の不条理を感じさせます。





美しいものに憧れ、

優しさの心を持ち、

話し合いって気持ちを伝えようとする尊氏が、

なかなか乱世を治めることができないという葛藤と苦悩。

例えば信長のような冷酷さがあったり、家康のような策略にたけていたりすれば、

その時代を治めることができたかもしれません。

しかし尊氏はそういう人間ではありませんでした。

だからこそ人々は集まり、

尊氏はリーダーの座に置かれました。

武士たちは様々な要求や対立を尊氏のもとに持ちより、

尊氏はそのたびに苦しんでいきます。



史実かどうかは別として、

大河ドラマで描かれた足利尊氏はとても魅力的でした。

尊氏が魅力的に見えたのは、

周囲の人物たちがとても個性的で人間的に描かれていたからだと思います。

重要人物はどんどん死んでいき、

最後は、尊氏と佐々木判官くらいしか残っていませんでした。



大河ドラマの良さとは、

それこそ大河のように、

大きな大きな時代の変化を描くという点にあります。

一つ一つのエピソードは、その大きな動きを描くための手段です。

様々な多様な人物が登場し、葛藤したり、協力したり、

喜んだり、悲しんだりしながら、

時代という大きな波に飲み込まれているというその姿、あるいは不条理。

それを描くべきです。


今の大河ドラマにはそれが欠けています。


会話や表情ばかりが徹底されているように見えます。

たんなるヒューマンドラマになっています。



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Posted on 2015/05/07 Thu. 23:34 [edit]

category: テレビドラマ

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