「セクハラやじは、モラルの問題か」考  


2014年6月18日、東京都議会、塩村文夏都議会議員による質問中に、

セクハラともとれるやじが飛びました。


本会議の後、本人がツイッターに書き込み、

乙武洋匡氏のツイッター、

茂木健一郎氏などのツイッターを経由して一気に広がりました。

20日に塩村議員が処分要求書を提出し、

都議会に抗議の意見が寄せられ、マスコミで大きく報道され、

その後、鈴木章浩都議会議員が謝罪し、

他の発言者を探す。

云々・・・







これについてのごんたろうの意見です。

言葉そのものは、酷いと思います。

まるで小学生並みの暴言です。

言葉だけを聞いた時には、ごんたろうも「酷いなあ」と思ったのですが、

状況が進展すればするほど、何か変だなと思ってきました。

鈴木議員が謝罪し、マスコミに叩かれていく姿を見ると、

「いや。そういうことではない。」

と思うのです。

やじが小学生並みだとすれば、

その後の対応もまた小学生並みのようです。










これは、議会という特殊な場面の話です。

発言というのは、議長が許可して初めて発言になりますので、

ぼやき、つぶやき、ひとりごと、ため息、くしゃみ、などは発言ではありません。

ですから他の議員が「聞こえなかった」というのは正しい。

物理的には聞こえていても、それは正式な発言ではないからです。

議事録にも残りません。

で。

やじというのは圧力というか、プレッシャーというか、

そういう一種の武器として機能してきたようです。

議会の「やじ」は、昔から酷かったです。

松浪議員がコップの水をかけたという事件がありましたが、

あれも、酷い性的なやじをうけてとっさに出た行動だったようです。

やじを飛ばしている側は、何も考えていないので、

ただたんに発言者が動揺したり困惑したりするのが目的なのです。

発言に対する妨害です。

やじには、酷い言葉が含まれています。

そもそも、

やじの中身がいくら正しいからといっても、

発言者の発言を妨害するという行為は、

基本的には、モラルに反していると思います。


どちらかといえば、

発言者のモラルを問うのではなく、

そもそも議会でやじを飛ばすことそのものを問題視するべきなのかもしれません。

今回、議長はそのやじについて何か問題視したわけではなかったようです。

塩村氏の問題提起は

やじは禁止しよう、やめようというような話なのでしょうか?







では、

やじを禁止しましょう!





となればどうでしょうか?

それはそれで困ることも起こってきます。



どうしても少数派は、自分たちの意見が通らないことが多いので。

やじという形で表現せざるをえません。

(今回、やじを飛ばしたのが政権与党である自民党というところが不思議です)

やじには、暴言も入っていれば、正義も入っている。

戦略も入っていれば、ホンネも入っている。

形式的な会議の進展に揺さぶりをかけるということも可能です。

これまでの日本の政治は、やじ合戦も含めて政治だったのです。

(先輩議員は若手の議員にやじを飛ばすように指示します)

ですから、

やむを得ずという形で、

やじを黙認するというのが、適切な方法だと思います。






ごんたろうの考えでは、

やじには酷い言葉が入っているが、

それ自体を問題にするべきではないと思います。

やじから毒素を抜いてしまえば、

議会の可能性というものも半減してしまう。

今回のことは、深追いせずに、

議長からの注意くらいにしておくべきだというのが、ごんたろうの考えです。












今回の問題について、

他の議員たちは、全く無関係だと言えるでしょうか?



やじは、メッセージではありません。

相手が発言する意欲を無くすための「嫌がらせ」なのです。

議員であれば、

どんなやじを受けても、

無視するかあるいは議場で反論するか。

そういう姿勢が必要ではないでしょうか?

確かに「産めないのか」は、酷いと思いますが。

「そりゃあ、ひっでええなあ」という別のやじは無かったのでしょうか?

「バカヤロー 結婚したくなるような社会を作るのがお前らの責任ではないか!」

と言った別のやじが飛んでもよさそうです。

他の議員は傍観ですか?

やじを飛ばす議員が減ったということなのでしょうか?

あるいはやじを飛ばす元気すらないのでしょうか?

座っているだけ?

(古い手法を踏襲した議員だけが目立ってしまったということでしょうか?)




発言者は、

「お前が結婚しろよ」等といわれたら、

「先ほど、○○というやじが飛びましたが、それは問題発言です!やじを飛ばした者はその場に立て!」

「私が結婚しない理由くらい、ここで答弁してやる。正々堂々と議論するから出てこい!」

等と反撃するくらいの、

強靭な姿勢が必要だと思います。

それくらいいえればカッコいいと賞賛します!


一般の人々ならば分かりますが、

議員です。

権力闘争の場である議会で、

ビックリして黙ってしまい、

おいおい泣いてしまっていいのでしょうか?


晩婚化や少子化の問題は、深刻な社会問題であって、

様々な角度から論じるべきです。

中には「結婚しようとしない女性が悪い」ということを本気で考える男性もいます。

逆に「魅力的な男性がいないから、男性の問題だ」ということを考える女性もいるかもしれません。

いろんな意見がある中で、

ホンネとタテマエが交錯しているような状況です。

やじの中にホンネが隠されているのであれば、

それを議題に上げていくべきです。

動議です!





酷い発言を受けたのであれば、

少なくとも会議の中で反論するべきです。




議会が終わった後で、ツイッターで反論?するというのは、

議員らしくない姿のように思えます。

これはまるで「小学生が後で先生にいいつける」みたいです。


また、

ツイッターで「おい、みんな、こんな話があったんだって、これってダメだよなあ」

という「つぶやき」をする人間。

そしてそのつぶやきをマスコミがニュースにする。

ツイッターが大きな力となって、

やじの当事者を追い込んでいく。

そういうことをする人間の側に、

なにか低レベルのものを感じる。

会議中には問題にならなかったものが、

会議の後で、問題になる。

少子化の問題は、社会的な問題であると同時に個人的な問題でもあります。

このような内容の言葉は(産む機械発言も含めて)

人々の心に直接ガツンと当たります。

「みんなああ、聞いて、このまえ、こんなこと言った人がいるんだよお」と鼓舞する人がいる。

ツイッターで批判している人々は、権力者を攻撃してスカッとしているのでしょうか?






やじが「酷い言葉」であったのは分かります。

それによって塩村議員が深く傷付いたのも分かります。

しかし重要なことは、会議という空間の、その文脈の内側という前提です。

問題発言は、会議の中で取り上げて議論するべき問題であって、

会議が終わった後で特定の議員を排斥するような問題ではないと思います。

前後の文脈、ここでは「議会の質問中のやじ」という前提を切り離し、

言葉だけを抽出して、拡散していく。

マスコミが繰り返し取り上げ、犯人探しを行う。

音声解析??

言葉によって、さらに多くの人々が実際に傷ついていき、

その言葉を発した人間のモラルの低さを問題にしていく。

多くの政治家が「私はそんなことは言わない」と説明していき、

(おそらくは火消のため)犯人が名乗り出て、謝罪。





何か、スッキリしないものを感じます。



補足「セクハラやじ」という言葉は、「セクハラおやじ」に見えてくる。

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Posted on 2014/06/24 Tue. 21:10 [edit]

category: 社会・教育

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