映画『アナと雪の女王』感想  

 映画館で見てきました。中年男性一人では行けません。ある女性と行きました。とても良かったです。映画館で見るだけの十分な価値があると思いました。私は、もともとミュージカルが苦手でしたが、今回は殆ど気になりませんでした。たまにですが、「音楽と映像は素晴らしいのだが、ストーリーに問題がある」という批判的コメントをみかけます。「悪役がいない」とか「魔法の理由が明らかにならない」とか「薄っぺら」とかそういうコメントがあります。彼らは何を期待しているのでしょうね。悪魔と竜が出れば満足?以下、この点に絞って議論します。
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 これはファンタジーです。現実にはこんな王国はありませんし、現実にはあんな周囲を凍らせる能力はありません。それが何を示しているか、何をあらわしているかということが重要です。いろんな解釈があっていいと思います。(作るのは制作者の自由、解釈するのは視聴者の自由)私は次のように解釈します。城の門とは、心の扉凍らせる能力というのは、いわゆる「冷たい言葉」「冷たい態度」のこと、というふうに解釈します。映画の内容を整理してしましょう。姉(エルサ)が、妹(アナ)に対して「あれはダメよ」「これはダメよ」と声をかける。妹にとっては、なんでお姉さんがあんなに冷たいのかが不思議でなりません。姉とすれば、安全を考えたり、将来を考えたり、わるぎはありません。姉は自分の言葉や態度が「冷たい」と思っていませんでしたが、相手が傷付いてしまい、周囲が「冷たい」ととらえるので、だんだん怖くなっていきます。自分で自分が怖くなる。「あ、私の言葉や態度は、冷たいんだ」「私は、知らず知らずのうちに、傷付けてしまう」そう思って、しだいに周囲と距離を取るようになります。傷つけまいとするがゆえに、距離を取っていきます。どんどん冷たくなっていきます。自分でも不思議なくらいに冷たい言葉(例えば、悪口!)が思いつくのです。誰かと話をすれば、知らず知らずのうちに悪口を言ってしまい、相手が傷付いてしまう。こんなんだったら話をするのはやめよう。そう思うのです。しかし、周囲はこういう言葉をかけていきます。「もっと周囲の人々とかかわりなさい!」「まわりの人々のために、温かく振る舞いなさい!」苦痛です。辛いのです。
 姉は不思議です。なぜ妹があんなにふわふわしているのか、ちょっと話をしただけで、男にホイホイついていくのか、なぜ妹があんなに、何も考えずにまっすぐに進めるのか、(このあたりは姉らしい心境でしょう。)ついに、姉は周囲との関係を一切断ち切ってしまいます。「let it go」の曲はとてもよく考えられていますね。姉の辛くて悲しい気持ちから、少しずつ自分を取り戻していき、自信と勇気を持つプロセスが美しく表現されています。私、うかつにも、ちょっと泣いちゃいました。山奥に、壮大な氷の城を作っていきます。姉は「自分の言葉」で「自分の世界」を作り上げることにしたのです。「これが私よ」と、力強く自分を取り戻すことができたのです。表情も明るい。その一方で、王国は、氷河期のようになってしまいます。姉はそれに気づいていません。いわゆる善良な大人ならば、姉の行為を「自分のことしか考えられない姿」と見えるかもしれません。しかし人間はそんなに簡単にはいきません。姉は、自分を守るための巨大な城、その中で、安心安全に、静かに生きていきたいのです。
 周囲の大人は、暴力的にやってきます。「もっと周囲のことを考えなさい!」力づくで姉の心を変えようとするのです。(この辺は男性的ですね)姉もそれに反撃します。武器を使う男たちに対して、氷をぶつけて応戦します。なかなか強い!これは、冷たい言葉で応戦しているという意味でしょう。女性が放つ冷たい言葉というのは、あんな感じです。相手の心を傷付けるための冷たい言葉は、男性よりも女性の方が長けている。(私も覚えがあります)妹も、姉のところへやってきて声をかけます。しかし姉は冷たい言葉をかけてしまう。妹は傷付いてしまう。冷たい言葉は、それを受けた人間を、「心から冷たい人間」に変えてしまう。妹は、あまり深く物事を考えないタイプです。良く言えば「純心」ですが、悪く言えば「洗脳されやすい」気が付くと妹は妹らしくなくなってしまう。それは死を意味しているのかもしれません。
 映画の中で、妹が死んだと分かった途端に、嵐が止みます。それはなぜでしょうか?姉が周囲に向けて発していた「冷たい言葉」「冷たい態度」とは、私を理解して欲しいという切なる声が含まれているのです。お願い、分かってちょうだい!そんな気持ちが、表面に出た際には「冷たい言葉」「冷たい態度」になるのです。冷たくすることが目的ではありません。ですから妹が死んだということを聞かされた瞬間に、「冷たい言葉」「冷たい態度」を取る意味がなくなってしまうのです。はっ!と、我にかえる姉。その時、姉が気づきます。「あ、私は愛情が欲しくて冷たい言葉を吐いてきた」「でも、妹はちゃんと私のことを理解してくれていて、優しくしていてくれたのだ」「私はこれまで妹をダメな妹だと思ってきたけど、 本当はとっても素晴らしい存在だったのだ」「私がダメなばっかりに、妹をこんなにも傷付けてしまった」その気持ちが妹にも届き、いっきに雪と氷が解けていくのです。
 男女の恋愛を描こうとしているように見せかけていますが、それはテーマではありません。愛とは自己犠牲だ、云々のくだりも、おまけのようなもの。見に来るカップルのためのサービスとして、少し描いているようなもの!私には、自分の言葉をうまくコントロールできない姉が、妹との関係を修復しながら自分を高めていくというテーマに思えました。映画の最後は、姉の凍らせる能力がなくなってしまうわけではありません。本来、心が通じ合い、愛情で満たされてしまった段階で、凍らせる能力も無くなってしまう。そんなストーリー展開も考えられるところです。しかしこの映画では、そうなりません。最後の最後、自らの氷の能力で王国の人々を楽しませる、という場面でエンディングです。
 私は思うのです。冷たい言葉というものを全否定するのではなく、例えばちょっとしたユーモアとか、その人の雰囲気の中に、冷たい言葉はあってもよい、という考え方に基づいているんだな。そんなふうに思いました。coolという単語には「冷たい」という意味と「カッコいい」という意味があります。姉は、冷たい言葉を活かしながら生きていく、姉の姉らしさを残しながら生きていく、ということなのですね。私は、「歌と映像は素晴らしいけど、物語がイマイチ」という見方に反対です。むしろファンタジーの王道だと思います。ファンタジーとは、勧善懲悪のヒーロー物ではありません。主人公の心の広がりや深まりを描くものだと思います。また、たんなる娯楽として、見終わった後で、「ああ、楽しかったなー」で終わるような見方にも反対です。映像、音楽、内容を振り返りながら、充実した時間を過ごすことができるような、そんな映画だと思います。
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Posted on 2014/03/30 Sun. 00:13 [edit]

category: アニメ・特撮

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