『えんそくバス』感想  

(作:中川 ひろたか、絵:村上康成、童心社、1998年)明日は遠足。子どもたちは今まで行ったことのない場所へ行く。その非日常的な雰囲気が楽しい。当日の朝、園長先生が寝坊してしまい、それに気づかずにバスは出発してしまう。バスの移動はちょっと退屈だ。曲がったり揺れたりすること、長距離を移動した実感は大切である。公園には遊具がたくさんある。まるで巨大な遊具に子どもたちがかじりついているかのようだ。澄み渡る青空が印象的。園長先生が到着。弁当を忘れてしまったので、子どもたちに分けてもらう。皆とつながる体験だ。おそらく園長先生は子どもたちを楽しませるべく意図的に遅刻した。
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 表紙には大きなおにぎり、その周辺をバスがまわっています。中川ひろたか風?の園長先生が、子どもたちに向けてお話をしています。「みなさん、あしたは、 まちにまった たのしい えんそくです。 おねぼうしないように。 それから、おべんとう わすれずに。」保育園か幼稚園かは明記されていませんが、ここではそれはどちらでもいいのでしょう。子どもたちは何を持っていくかを相談します。お菓子をたくさん持っていきたいのですバナナは?どうでしょうね。夜、園長先生は明日の遠足が楽しみで、楽しみで、それでなかなか、寝付けませんでした。朝起きてビックリです。園長先生は寝坊してしまいました。「みんな あつまりましたかあ」「は-い!ひろみせんせい」「まだ きていない おともだち いませんね」「はーい! ひろみせんせい」こうして遠足バスは出発してしまいます。(このシーンを読んでいる子どもは「あ、園長先生が!!」なんて反応していることでしょう)右に曲がります。左に曲がります。がたがたみちです。NHK「おかあさんといっしょ」で使用された曲「バスにのって」 作詞・作曲 谷口國博(たにぞう)を思い出しますね。(絵本と曲はどっちが先なのか、そのあたりは分かりませんが。)みんなを乗せたバスが公園に到着です。アスレチック遊具もあります。巨大な滑り台もあります。滑車の遊具もあります。子どもたちは大喜びです。澄み渡る青空が印象的です。「そろそろ おべんとうに しましょう」「それでは みなさん いただきます」そのとき、汗びっしょりで園長先生が走ってきました。「いけない、えんちょうせんせいのこと すっかりわすれてた」園長先生は寝坊してしまったのです。急いでやってきたのはいいのですが、弁当を作ってくるのを忘れてしまいました。「じゃあ、ぼくの たまごやき あげるよ」「わたしのウインナーたべて」みんな少しずつ園長先生に分けてあげることにしました。「みなさん ありがとう。みなさん とっても やさしいです。ありがとう」子どもたちが食べ終わって、再び楽しく遊んでいる間も、園長先生は食べていました。
 さて。いったい、なぜ、何が、こんなにも楽しいのでしょうか?まずは、遠い場所に行くということ、目的地が遠くであるということです。いくら素晴らしい遊具であっても、毎日遊んでいればそれは日常です。遠くの場所すなわち、ふだんは行けない場所に行くということ、非日常ということが、楽しいのです。わざわざ遠くへ行くわけですから、遊具もグレードが高くなります。巨大な滑り台や滑車などを見るとドキドキします。遠くの場所へ行くわけですから、その途中は、決して楽なものではありません。バスの中でお話をしたり、歌を歌ったりするので、それは楽しいのですが、基本的にはじっとしていて移動するわけですから、それほど楽しいものでもありません。道が悪ければ、揺れてしまって、気分が悪くなってしまうかもしれません。では、逆に、移動中にとても面白いゲームをする、あるいは寝てしまう、といったように、この移動そのものの体験を無くしてしまうとどうでしょう。そうすると今度は長距離を移動したという実感がわかなくなってしまいます。移動したということそのものの体験と記憶はとても大切です。なにしろそれによって目的地へ到着するという結果が得られるからです。遊んでいるうちに到着した、寝ている間に到着した、ということであれば、長距離を移動したことの意味が失われてしまう。ですから、曲がることや揺れることをそのまま体験し、まだかな、まだかな、と思いながら過ごすその時間も、とても大切なものだと思います。この絵本はそれをちょうどよい雰囲気で味わうように作られています。みんなで一緒に行くということも、楽しさを膨らませる要素です。一人で遊んでいても楽しくありません。絵本で描かれているように、巨大な遊具に、みんなで参加する、すると子どもたちは自分たちが遊具にかじりついた、という感覚を得るのだと思います。ふだんは友達とケンカしたりうまくいかなかったりするかもしれませんが、みんなでバスに乗り、みんなで移動し、みんなで遊具に乗り、みんなで食事をする、という一連の体験を共有することで、おそらく子どもは大きな存在になったという感覚を得るのだと思う。「僕」から「僕たち」への発展。さて、園長先生が遅れてくるということ、園長先生が弁当を忘れてしまうということ、この二つは絵本の中ではさらりと描かれています。子どもたちの視点から絵本が作られているため、このような雰囲気で描かれているのだと思います。私たちは大人ですから、ここで描かれている世界を掘り下げることができます。
 おそらく、園長先生は、意図的に、これをやっている。教育的配慮ということではなく、楽しみで寝付けなくて寝坊した、ということを子どもたちの前で披露すれば、子どもたちは、いっそう心の奥底から楽しめるであろう、という配慮だと思います。遠足は子どもだけでなく保護者も準備しますから、このような場面で遅刻したり忘れ物をしたりする子は、まずいません。しかし本当に遠足を楽しむためには、少しくらい間違えたり、忘れたり、失敗したりということが必要なのです。園長先生が、汗だくになって走ってやってくる。こんな面白いことはありません。子どもたちが腹をかかえて笑っている姿が目に浮かびます。笑いの基本は失敗や間違いなのですが、それを子どもがやってしまうと、笑われた方が傷付いてしまいます。そういうドジを、園長先生(最高に立派な大人と思われている)がふんでしまう。というところに意味があるのだと思います。園長先生の遅刻と忘れ物は、おそらく、こういうことを楽しもうとする、園長先生の配慮なのだと思います。そして弁当を忘れたということも、さりげなく言う。子どもが「じゃあ、これあげる」とさりげなく言う。ここでクラス担任が「園長先生はお弁当を忘れたのです。みなさん、援助してさしあげましょう」等と言ってしまったら、雰囲気が台無しです。あげてもよいけど、無理してあげなくてもよい。そんな雰囲気の中で、子どもたちが自発的にあげるということが重要な意味を持つのです。ここで行われているのは遠足であって、キャンプではありません。遠足ですから、一人ひとりが弁当を持ってくるということになります。キャンプであれば同じ食事を共有できるのですが、遠足ですから、同じものを食べるということが出来ません。子どもたちは全員が少しずつ園長先生にプレゼントした。ということは、象徴的な意味としては、園長先生を介して「つながった」といえるのではないでしょうか。園長先生が「みんな、ありがとう、みんなのおべんとうはとっても美味しいよ」といえば、それを中心にして、みんながつながったような感覚を得るのだと思います。勿論、園長先生はそこまで考えて、わざと弁当を忘れたのだと思います。今回、子どもたちは、いい経験をしました。明日以降、困っている子どもに手助けをすることがスムーズに出来ることでしょう。
 味、運動、雰囲気会話、驚き、笑い。あらゆるものがまとまって、一つの感動になる。多くの要素がこの時間につまっているということが、遠足が楽しい理由の一つだと思います。感動とは、総合的なものです。あそこで食べたおにぎりはとても美味しい。同じものを部屋の中で、一人で食べても、同じように美味しくないのです。また、感動は、混ざる。ちょっと苦手な嫌いな相手とも一緒に遊ぶ。すると、なんか楽しかったという感覚が強く出てきて、昨日までの嫌いな相手とも温かく接することが出来るようになる。そんな体験が得られるのだと思う。例えば男の子の観点ですが、目の前に女の子が3人いる。そのうちの1人はとてもかわいくて、ひかれてしまう。他の2人は、それほどでもない。遠足前に、そんな観点だったとしましょう。(幼児が恋愛をするとは思えませんが)遠足で楽しい時間を共有した後は、3人ともかわいく見えてくる。感動は、一人の人間の心の中で起こることです。心の中にある区別や壁といったものを壊していき、ドーンと大きな心が膨らんでくるのです。全体として「楽しかった」という感動が起これば、その途上の、バス内の暇だったことや、うまくいかなかったことなどは、全て楽しかったという思い出の一部に取り込まれていく。そんなことを、この絵本を読みながら考えてしまう。
 勿論、いくら絵本が素晴らしいからといって体験をせずに絵本を読ませるなんてことは無意味です。原体験がなければ、楽しさが分からないでしょう。幼児期には、このような楽しい体験を多く繰り返し、遠足から帰ってきて、もう一度感動をかみしめるために、絵本を使うのです。あるいは私たち大人は絵本を読みながら、人間の成長や感動について考えることができる。そうした意味で、とても素晴らしい絵本だと思います。
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Posted on 2014/03/23 Sun. 22:32 [edit]

category:   3) 遊びの共有

thread: 絵本 - janre: 本・雑誌

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