かぐや姫「神田川」感想  

昭和のヒット曲、歴史的名曲の一つです。冒頭で「もう忘れたかしら」と言っているので、これは回想でしょう。昔の若かった頃はこうだったよねと話している場面です。どんな若い頃だったのでしょうか。これは、男性から女性への言葉でしょうか?女性から男性への言葉でしょうか?

 私の考えでは、これは女性の言葉です。女性が長風呂という私たちの感覚から、待っているのは男性だ。と思ってしまいがちです。しかし前後の文脈から考えて女性の言葉でしょう。「一緒に出ようね」つまり、一方が時間がかかるとなれば、別々に戻ってもよいのです。それをわざわざ時間を合わせよう、一緒に帰ろうというのは、女性です。男性はいつものペースで風呂に入り、女性はいつもよりもいっそう急いで洗って、急いで出てしまい、それで待ってしまう。洗い髪が芯まで冷えるとか、小さな石鹸カタカタ鳴ったというのは、女性的な感性です。

  若かったあの頃 何も恐くなかった
  ただ貴方のやさしさが 恐かった


この箇所の意味が、分からないということで、いろんな方がいろんな解釈を出しているようです。全てが正しくて、全てがそれぞれの解釈なのかもしれません。

 似顔絵を描きたい、そんな心境になるのは男性です。目の前のこの素敵な女性を、自分の世界の中におさめておきたい。そんな心境です。女性は「うまく描いてね」と言い、出来あがったものを見て、「え?これ。私?」なんて言ってしまう。男性はちょっと傷ついてしまう。しばらく、だんまり。男性は窓の外を見る。そして神田川を眺める。ここに「三畳一間の小さな下宿」という言葉が入ります。時間がたっている。時間がたって、男性は気分を取り直し、女性の指先を見つめながら、声をかける。「悲しいかい」とはどういう意味でしょうか?似顔絵が下手だったからではありません。男性が傷ついてだんまりだったため、そのこと全体を指して、謝っているのだと思います。

 さて、最後のフレーズです。やさしさが怖いの意味は?ある人は、「やさしさが失われるのが怖い」と解釈していましたが、それは違うと思います。それならばやさしさが怖いのではなく、一切は永遠ではないという時間の流れが怖い、はずです。このフレーズは、誰の言葉でしょうか?二通りの解釈が考えられます。「女性の言葉」と「男性の言葉」です。女性の言葉だとしましょう。女性からすれば、毎日なにげない楽しい雰囲気で暮らしていることが幸せ。普通の会話、普通の食事、そして普通のケンカ。なんとなくふんわりしていれば十分。何か将来のことが不安だとか、もしこうなったらどうしようかといった、そういう恐怖はありません。幸せなのです。その意味で、怖いものはありません。しかし彼のやさしさは、何か一生懸命なのです。自分のためにいろいろなことをしてくれる。驚かせたり、笑わせたり、プレゼントをくれたり、一緒に考えてくれたり、それらやさしさは、「日常の普通」を超えている。だから、怖いのです。
 もう一つの解釈。男性の言葉だったとしましょう。男性は世界の秩序を支配したい。若者は、大人たちの権威に対しても噛みついてしまいます。巨大な権限でばーんと抑えるようなもの。怪獣とか幽霊とか、槍とかミサイルとか、そういうものは一切怖くありません。「オレサマ」という巨人のようなものです。しかし女性がやさしい。女性のやさしさが嬉しい。まるで自分自身の心の奥を、すっと盗んでしまうようなものです。自分が自分ではなくなるような感覚。それまで作り上げてきた「自分」という大きな建造物が、ボロボロにふにゃふにゃになってしまうような感覚。まさしく、怖いという感覚です。心の内側にすっと入ってきて、一瞬で僕を奪い去ってしまうようなもの。やさしさ、それには弱い。目の前の女性が持つ優しさが、私の頭では理解できないもの、理論的に理解不可能なものを含んでいるということ。いわゆる自然の神秘的な恐怖、畏敬の念に近いものだと思います。最後のフレーズは、男性の言葉か、女性の言葉か、どちらの解釈も可能です。どちらにおいても、怖いの意味は、共通していると思います。自分の日常生活という範囲を超えた、大きな力であって、その力によって自分自身の存在を揺らしてしまう。そういうものを私たちは「こわい」と表現する。それが、とてもよく表現されていると思います。そんな、雰囲気と世界観いっぱいの昭和の名曲です。(作詞:喜多條忠、作曲:南こうせつ)
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Posted on 2013/12/26 Thu. 18:39 [edit]

category: 音楽

thread: 懐かしい歌謡曲 - janre: 音楽

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コメント

寒空の下待たされて
謝るどころか、冷たいねって抱き寄せる。

安くはないクレパスで描いてはくれたものの、ちっとも似ていない。

根は優しいのかもしれないけれど、どこかちぐはぐなかつての恋人。

忘れてるのかもしれない。
もう捨てたかもしれない。

今どこでどうしているのか、知る術のない、貴方。

現代では、Facebookで探し出すことが可能かもしれませんが、こんな風に不器用な愛の日々を回想する嫋やかな女性が、とても良いと感じます。

URL | ベラスケス #-
2014/09/09 08:13 | edit

コメントありがとうございます。

そうですね。不器用さというのがとてもいいです。世の中、器用になりすぎているような気がします。いつもありがとうございます。励みになります。

URL | いもむしごんたろう #-
2014/09/21 00:46 | edit

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