『チンチンでんしゃのはしるまち』感想  

(作・絵:横溝 英一、福音館書店、2002年)長崎市内を走る路面電車。朝6時、点検後に出発。まだ暗い。市場、駅前の停留所。多くの人々、子どもやお年寄りも利用する。まさに生活の一部であり、皆に愛される存在である。乗客がベルを鳴らすと次で停車する。このアナログな雰囲気がいい。右に曲がる方法、雪では砂をまく等、機械が詳細に描かれる。ここで描かれる機械はとても人間的であたたかい。チンチン電車は風景の一部だ。読者は最後の地図を眺めながら再度、個々の風景を思い出すこともできる。本書は写真ではなく絵で表現される。それにより、人々の意識の中の風景であることが伝わる。
 どこかで見た風景だなー と思っていたら、長崎県長崎市の風景でした。朝の6時に点検するところです。ライトをつけ、ブレーキをかけ、パンタグラフやドアを作動させてみます。異常がないと分かると、運転手は始発電車を走らせます。朝の6時で、辺りが真っ暗ですから、冬です。ここは、市場です。「ひとや くるまが たくさん あつまっています。」駅前の停留所に到着です。ここには、列車を降りて、チンチン電車に乗りかえようとする大勢の人々が集まっていました。「どうろは つうきんの じどうしゃで こんできました。 でも、じどうしゃは チンチンでんしゃの せんろの うえを はしっては いけないことに なっています。」通常の道路は混んでいても、チンチン電車はすいすい進むことができます。小学校や幼稚園の子どもたちも乗ってきます。ステップが低いので楽です。家のすぐ前が停留所お店のすぐ前が停留所おばさんたちにとっては、チンチン電車でとても助かっています。高い場所の公園にいくと、まちが一望できます。チンチン電車がまちの中を走っているのがよく分かります。次の停留所の名前が放送されると乗客がボタンを押します。チンとベルが鳴ります。浦上車庫前という停留所では、運転手が交替です。休憩に入ります。どうやって右に曲がるのかな?詳細な仕組についても描かれています。昼過ぎには急に暗くなり、雨、そして雪になりました。砂まき専用の電車が砂をまいています。最後にはこうあります。「まちの ひとたちも よそから くる ひとたちも、チンチンでんしゃの はしる この まちが だいすきです。」長崎市の地図もあります。この地図を見ると、さきほど描いてきた線路の配置がよく分かります。
 さて、この絵本のテーマは、何でしょうか?一つ目のテーマは、まち全体です。長崎市中心部の様子を、電車を通して描いているのです。最後のページの長崎市内の地図を見る時、「あそこではこうだったな」と思い返しながらとらえることができるのです。地図の主な利用方法は、迷わないため、です。初めていく場所では地図を片手に、地図を見ながら進みます。しかし、もう一つの利用方法があります。それは、全ての行程を終えて、家に帰りつき、再び地図を眺めるという方法です。その時には、頭の中でその土地、その風景、方角、などを再構成しているのです。カーナビが浸透した今、なかなかそういう利用をする人は少なくなったかもしれません。二つ目のテーマは、人々の生活です。市場で働く人々。おばさんたちの生活。サラリーマンは通勤で使い、小学生や高校生たちは通学で使う。自動車の道路が混雑していても、チンチン電車はすいすい進みます。(自動車のマナーがしっかり守られているということでしょう)寒い日には、チンチン電車の中はとても暖かです。三つ目のテーマは、機械ということです。この絵本は、チンチン電車の機械の部分もよく描かれています。ベル、レール、パンタグラフ、それらの仕組みも、細かく描かれています。雪が積もるとレールが滑るので砂をまく、なんていう細かな部分まで描かれています。機械は、一見冷たいようなイメージがありますが、文明の進歩の成果がそこには凝縮されています。全ては人間が豊かに、幸せになるために、工夫に工夫を重ねて作られたものです。車にしても、船にしても、飛行機にしても、その点では同じです。チンチン電車は、その中でも、最も身近で、最も分かりやすいのです。ゆったりとまちの中を進む。人々はじっくりその複雑な機械に触れることができるのです。
 機械は、人間ではありません。しかし機械を動かし、調整し、コントロールしていくのは、人間です。そしてその機械によって便利で豊かな生活を得ているのも、人間です。機械は、人間ではありませんが、人間と人間とのコミュニケーションの一部なのです。最後に、なぜ、実物の写真ではなく、絵なのでしょうか?ここで描かれているのは、とてもリアルな絵です。そこまでリアルに描くのであれば、いっそのこと、写真を活用すればよいのではないか?写真でなく、絵にすることによって、それらが人間の意識を経由した、豊かな風景であるということが強調されるのだと思います。実際には幾何学的な直線が多いのですが、私たちの目や脳を経由して入ってくる時には、もっとほんわか、ふんわりしたものとして入ってきます。重要なことは現実そのものではなく、私たちの意識の方です。私たちはこれらの絵を眺めることで、作者の生活感、作者の心境、「このまちが好きだ」という作者の熱い思いを受け取ることができます。
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Posted on 2013/08/17 Sat. 23:08 [edit]

category:   3) 個性と役割分担

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