『おおきなかぶ』感想  

(作:A・トルストイ、絵:佐藤 忠良、訳:内田 莉莎子、福音館書店、1998年)おそらく父母は働いて不在。近所にも頼る人がいない。そんな貧しい暮らしの話だ。抜けない=困った、大きい=嬉しい、という二つの感情が同時に起こる。自然の恵みに感謝しよう。リズミカルな楽しい話ではない。動物たちが協力するのは一緒に食べられるから。奉仕ではない。協力者がどんどん弱者になるのは、どの地点で抜けても「みんなが必要だった」と言えるからであろう。服をひっぱると力は出ないが、ロープを引っ張るという箇所を省略しているのだ。文章量を最小に抑えている。「ねずみがかじって抜けた」が原典らしいが、こっちの方がいい。
 おじいさんが かぶを うえました。「あまい あまい かぶになれ。 おおきな おおきな かぶになれ。」するとあまい げんきのよいとてつもなく おおきい かぶが できました。おじいさんがかぶをぬことするのですが、ぬけません。おばあさんが協力します。うんとこしょ どっこいしょそれでも かぶは ぬけません。おばあさんはまごを呼んできました。それでもぬけません。まごはいぬを呼び、それでもぬけません。ねこを呼び、それでもぬけません。ねずみを呼んでみんなでひっぱると、やっと、かぶは ぬけました。そんな有名なお話です。
 食べる前からなぜ甘いと分かるのか?といった質問をする人もいます。大きい、のだから、甘いことが推測されるのです。「あまいと思われるかぶ」等という言葉では、ごちゃごちゃしているので、無駄を削って、「あまいかぶ」と呼んでいるのです。
 洋服を引っ張ってしまえば、力が入らないではないか?などという質問をする人もいます。これは、おそらくは、巨大なかぶにロープをくくりつけて、それを綱引きの要領でひっぱったという話なのです。そこを省略しているから、変に思えるのですが、では「ロープをくくりつけました」等という文があると、それはそれでごちゃごちゃして読みにくいのです。
 なぜ、お父さんやお母さん、あるいは近所の人が不在なのでしょうか?これは全くの推測ですが、ここに登場する家族は、貧乏で父母揃って働かなければならない。あるいは戦争というようなこともあるかもしれません。豊かな環境ではないのです。力の弱い者たちだけが集まって、おおきなかぶを抜こうとするのです。「おじいさんはお父さんを呼ぼうとしましたが、 ところがお父さんは出稼ぎで半年先まで帰ってきません」といった文章が省略されているのかもしれません。貧しくて、大変な生活をしている中での、小さな喜び。それがおおきなかぶ、なのです。
 また、幼稚園などでこの題材を取り上げる際に、協力するというところばかりが強調されているように思えます。もっと重要なことは、「自然の恵み」「自然の力」です。大切なことは、自然のめぐみがぎっしりつまったということ、喜びです。「抜けない=困った」という感覚と「大きい=嬉しい」という感覚とが、同時に来るのです。かぶを育てて、大きくなれと祈る心境、その心境が叶って嬉しいのですが、今度は抜けなくて困ってしまうという感覚。「それでもかぶはぬけません」それは困っていると同時に、嬉しいことなのです。そのあたりは補いながら読む必要があります。多くの協力者が集まってきたということは、みんなが彼を援助しようとしているのではなく、彼らもまた、かぶを一緒に食べたいと思っているのです。かぶを取り出すことに協力すれば、当然その一部は食べられると思っているのです。
 ところで、順番を経るにつれて、どんどん小さくなっていくのはなぜでしょうか?パワーで言えば、100パワー90パワー80パワー70パワーという具合に、人数が増えるにつれて、パワーは減っていくのです。これはなぜでしょうか?おそらくこれは、全ての存在意義を強調したいのだと思います。もし100パワー90パワー80パワー100パワーという形で援助が到達したとしましょう。そして、ここで抜けてしまったとしましょう。すると、ちょっと困ったことが起こります。それは「もし80パワーよりも先に100パワーがやってくれば、抜けていたかもしれない、  80パワーの存在は不要だったかもしれない」という仮説が成立する、ということです。こうした事態を避けるために、前のパワーよりも、小さなパワーで協力していくのです。「全ての存在が必要だったのだ」という仮説を成立させるために、このような順番になっているのです。
 また、次のような解釈もありうる。おおきなかぶがぬけない、と言われた時に、目の前に、イヌ、ネコ、ネズミがたまたまいたとします。すると取りあえずその場で、最もパワーのある存在が協力に出ていきます。しかしそれでもダメ。こういう流れで作品が出来ているのかもしれません。このような絵本は、ポイントだけが伝わるように、子どもが読んで頭の中と心の中にストンと入るように、無駄という無駄を排除して、とってもシンプルにしているのです。幼稚園等で、子どもに伝える際には、ここに描かれていない部分についても想像を張り巡らせて読む、ということが必要ではないでしょうか?深い意味をとらえながら、再び一人でページをめくってみる。その時、その子は絵本の一枚一枚から、様々な世界を広げてとらえることができる。余分な背景が描かれていないのも、そこに何を見出すかは、読み手に任されている。その意味で、最も素晴らしい絵本だと言えます。
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Posted on 2013/07/20 Sat. 23:48 [edit]

category:   3) 食べること

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