ひがしちから『ひみつのばしょ』感想  

(作・絵:ひがしちから、PHP研究所、2010年)公園のしげみに隠れてふと思う。向こうからは見えないがこちらは見える。この素敵な場所は私の空間だ。ここで生活もできる。紅葉の季節にはたくさんの木の実。雪景色になればふかふかのベッド。春になれば動物たちを呼んでパーティ。そんな女の子の世界が描かれる。美しいカラフルな世界だ。まさに隠れ家とは自分自身を再確認し、安心と自信を膨らませる空間である。その感覚は大人にだってある。自分の気持ちが満たされたから、この場所でパーティをしようと思う。みんなを呼ぼう。ただ、残念だが親はこの世界へ入れない。子どもの自立の第一歩だ。
 おそらく意図的だと思います。線がぼやけています。ほんわかした雰囲気、子どもの世界を醸し出しています。表紙の女の子が、草むらの間から顔を出しています。そう、ここが、ひみつのばしょです。「さやちゃんがこうえんであそんでいると、 ふしぎな しげみを みつけました。」「わあ! すてきな ばしょ、みーつけた!」ちょっとしたスペースがあります。さやちゃんが座ることができるほどのスペースです。ちょっとくらいのですが、外から光も差し込んでいます。「きょうは ずっと ここに いよう」さやちゃんは思いました。「はっぱの すきまからは、そとの ようすが よく みえます。 じいっと みていると、なんだか べつの せかいの できごとのように みえて、 ふしぎな きもちに なります。」この描かれているシーンは、とても色合いというか、雰囲気というか、とてもちょうどよい感じです。
 公園では子どもたちが遊んでいます。しげみの中から子どもたちを見ることは出来ますが、彼らがこちらに気付くことはありません。彼らは元気よく走っていますが、こちらは静かに座っています。こちらは「隠れて」いるのです。ことりがやってきました。みけねこがやってきました。「しばらくすると、 あたりが ざわざわと さわがしく なりました。」さやちゃんが耳をすますと、「もしもし、だれか、いますか?」さやちゃんは「さやがいるよ」と答えます。おそらくは、大きな熊です。熊はこういいます。「さやちゃん、そんなところで なにしてるの?」「きょうは、ずっと ここに いるって きめたの」熊はいいます。「へえ、でも。おなかがすいたら どうするの?」さやちゃんは言います。「そんなの へいき」「ここには おいしい きのみや、くだものが いっぱい できるの」辺り一面は、紅葉。木の実がたくさん。鹿やキツネもいます。熊はいいます。「いいなあ! でも、ねむたくなったら、どうするの?」さやちゃんは言います。「そんなの へいき」「ここは ふかふかのベッドに なるの。」あたり一面は雪景色です。ウサギやリスもいます。熊はいいます。「いいなあ! でも、さみしくなったら、どうするの?」さやちゃんは言います。「そんなの へいき」「はるになったら たくさん おはなが さくの。 そうしたら、おはなを つんで、すてきな おへやを つくって みんなで パーティーをするの」たくさんの動物たちが集まって話を聞いています。「いいなあ、ぼくたちも なかに はいりたいなあ」「はいってもいい?」動物たちの声です。さやちゃんはいいます。「まだ、はいっちゃ だめ。 こんど パーティーするから まってて」動物たちはさやちゃんと約束をすると、帰っていきました。パーティーのことを考えていると、さやちゃんはねむってしまいました。しばらくねむっていると、おかあさんがやってきました。「さやちゃん みーつけた」お母さんでした。他の子どもたちはみんな家に帰ってしまっています。お母さんは心配でやってきたのでしょう。さやちゃんはこごえでお母さんに教えてあげます。次のページさやちゃんを囲んで、たくさんの動物たちが集まり、パーティをしています。熊も、小鳥もいます。みんな楽しそうです。「また くるからね」さやちゃんはそうつぶやいてから、おうちに帰りました。この最後のシーンは、動物の目線でしょうか。
 さて。子どもにとって「隠れる」というのはとても大切です。誰もが見ることの出来る、ステージのような空間。そこは、子どもが頑張るところです。そしてかっこつけたり、ヒーローになったり、そして褒められたり、あるいは対立したりする空間です。この絵本で描かれる隠れる空間とは、そういう公的空間とは異なり、自分の心がゆったりする場所。静かに安らぎを得る場所です。・・・自分の場所です。居場所です。とても居心地のよい場所です。食べ物もあって、眠ることもできる、そんな場所です。自分の心が十分に満たされたことから、じゃあ、みんなを招待しよう。というふうに思うのです。子どもにとって、隠れ家はとても必要です。そこで、心が、ゆったりするのです。この絵本は、大人の私がよむととても感動します。なぜ、この絵本が感動的なのでしょうか?大人にとってはたんなる小さなしげみ。そこに子どもは夢や宝を見出しています。そして美しい風景を発見し、感激しています。
 この絵本は、わたしたち大人に対して、大きな問題提起をつきつけているように思えます。純粋な気持ちを忘れたのですか?と。本当は、公園のすみ、空き地だけで、十分に感動できるのです。風を感じ、空を見つめれば、それだけで感激できるのです。しかし、大人になると、誰しもそうした純粋さを忘れてしまいます。本当に疲れてしまい、悩み、苦しみ、希望を失っている時、目の前で純粋に感動している子どもがいれば、どっと涙が出てくるものです。生きる力の根源は、感動にあると思います。生きていこうとする強い意志は、おそらく「純粋な感動」から生まれるのだと思います。心を、心地よく動かす体験。それがあるからこそ、よし!明日も生きていこう!と思うのです。純粋な感動を失えば、あらゆる体験が惰性となり、反復となり、退屈となり、生きているのか、死んでいるのか、よく分からなくなる。この絵本からは、小さな子どもの、大きな感動が伝わってきます。
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Posted on 2013/06/10 Mon. 00:00 [edit]

category:   1) ここは私の居場所

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