『なおみ』感想  

(作:谷川俊太郎、写真:沢渡朔、福音館書店、2007年)6才の少女と人形なおみとの世界。人形って…怖い。人間ではないのに、あたかも人間であるように扱う。一緒に遊んだりケンカをしたり。なおみの表情は場面によって違うように見える。なおみが意志を持つのは、少女の心の中で会話が自由に広がるから。想像力による。後半で、なおみが死ぬのはなぜか。少女の自由な想像力が無くなったから?いや、逆だ。想像力がゆえに死んだ。すなわち少女が「殺した」のだ。むしろそれにより少女は助かったのだ。人形に名前があるのに少女には名前がない。少女の存在感はあまりにも希薄で、人形の存在感は強烈だ。
 厳密に言えば絵本ではなく、写真本ですが、ここで描かれているものは、絵本と同じスタンスです。表紙。女の子と人形が一緒にうつっている写真です。それが額縁の中に入れられています。ページをめくるとそこには大きな古時計があります。「なおみは いる いつも わたしの うまれる ずっと まえから」6歳くらいの女の子が座っています。その横に、古い、和風の人形が立っています。身長はほぼ同じです。とても良く出来た美しい人形です。子どもの人形であるにもかかわらず、身なりや雰囲気は、まるで成人女性のそれです。「なおみは みる わたしには みえない とおくを」窓から外を見つめています。6歳の生身の女の子と、女の子の人形、二人の出会いです。二人は同じ世界観や同じ感覚を持っていません。「なおみは きく」「ちかづいてくる だれかのあしおと とおざかる だれかの あしおと」これはどういう意味でしょうか?なおみの周囲は、遠くから何かがやってきて、そして去っていく。おそらくは、何か月、何年、何十年という間に、いくつもの季節が移り変わり、様々な人々が移動し、時代が変化し、そしてまたあらゆる人々や事件が過ぎ去ったということを指しているのでしょう。
 6歳の女の子は、そんななおみに近づいていきます。「あめのひ わたしは なおみと うみへ ゆく」二人は海を見つめます。お互いを見つめ合うよりも先に、一緒に同じものを見つめる。出会いというのは、本来はそういうものです。「はれたひ わたしは なおみに えほんを よむ」この時のなおみの表情は、前のページの表情と、違うような気がします。角度が違うだけなのでしょうか。「なおみの ふるさと それは ふるい おしろの ある まち」「なおみ なおみ わたしは むっつ」「あなたはいくつ?」お手玉をしている女の子の横にいる、なおみも、さきほどのなおみとは表情が違ってみえます。「よるになると なおみと わたしは いっしょに ねむる なおみは どんな ゆめを みるのか」二人が一緒に布団に入っています。女の子が外で虫取りをしている時、なおみは部屋にいます。「わたしは きらい なおみが きらい」ケンカしたのです。女の子の想像でなおみが作られたとするならば、どうしてケンカをするのでしょうか?ある日のこと。「とつぜん なおみが びょうきになった だれにも わからなくても わたしには わかる」やはり表情が違います。他のシーンでのなおみと、このシーンのなおみは、表情が違います。「そして あるあさ なおみは しんだ わたしのそばで めを みはったまま」人形であるなおみは死んでしまいます。「なおみが いなくても そらに にじがたつ なおみが いなくても はるになると はながさく」それからずいぶん月日が流れています。「やねうらべやで わたしは であった むかしのままの なつかしい なおみ」「ねむる わたしの むすめのそばに わたしは そっと なおみをねかせた」最後のページの時計は、もっと現代的な時計です。
 さて。現実的な観点から。なぜ女の子は、モノである人形と、会話が出来るのでしょうか?女の子が空想の世界にいるというのでは答にはなりません。ふたりがケンカをするということの理由まで明らかにしましょう。女の子(○)が問いかけて、なおみ(●)が返答します。
○「ねえ、なおみ、遊ぼうよ」
●「いいけど、どこで?」
○「外でだよ」
●「外は嫌だな」
○「とってもきれいな蝶々がいるんだよ」
●「蝶々? ホント?」
○「とっても素敵なの、ね?いいでしょ」
●「やっぱりやめておくね」
○「なんで! もういい! なおみとは遊ばない!」
●「…」
○「私は一人で遊ぶから、知らない!」
 おそらくはこんなやりとりなのです。女の子は、誰か別の人と会話がしたいのですが、それはこちらの声に対する返答になります。その返答とは、女の子が想像した範囲の返答なのです。ひょっとしたらこういうかな?という想像力が、相手を作り上げる。それゆえ女の子の精神状態が、なおみのあり方を大きく規定していきます。そもそも、コミュニケーションとは、自律した2人の人間の間の質疑応答のようなものではありません。母親と赤ちゃんの間で成立します。相手が人形であっても、成立します。例えばオレオレ詐欺の場面で。息子と思われる男が電話口でおいおい泣いています。すると母親が「誰だい?」偽息子「わああああん」母親「ひょっとして、ヒロシかい?」(こっちから情報を与えてしまう)偽息子「わああああん」母親「お金を出せば解決するんだね」(話を進めてしまう)偽息子「わああああん、ごめんなさーい」なんていう展開もあります。コミュニケーションは、相互理解が完全であるから成立するのではなく、相互理解が不完全であるから、それを完全にしようとする試みなのです。
 なおみの死とは何か。それは魂の喪失です。人間は炭素と水素と酸素の化合物というだけではありません。それ以上の存在です。それは魂という部分です。人形もまた、たんなる木片や絹織物ではありません。それ以上の存在です。女の子が何度も問いかけ、コミュニケーションを成立させてくれば、そこに魂が生まれ、コミュニケーションがなくなれば魂は消滅します。なぜ、なおみは、死んだのでしょうか?これには大きく二つの解答があり得ると思います。一つは、女の子が成長し、人形「なおみ」に関心を持たなくなったということ。一つは、女の子の問いかけそのものが、死んだということにしてしまったということ。ごんたろうは前者よりも後者を支持します。なおみに対する関心や気持ちは減退していってはいません。おそらく、子どもが「熱が出ちゃって大変」「苦しそう」「大丈夫?」等と話をしているうちに、「返事がない!」「死んでる!」と思った。女の子の想像力がゆえに、死んでしまった、のだと思います。
 では、一度死んだなおみを、なぜ、自分の子どもの横に添えたのか?これは、人間の生死のような意味で死んだのではなく、なおみの声が聞こえなくなった、という意味の死です。ですから、私にとってはなおみは死んでいるのですが、私の娘にとってはこれから生まれることができる。そういう意味だと思います。
 ところで、なおみには名前があるのに、なぜ女の子には名前がないのでしょうか?勿論、実際には名前があるはずです。この絵本全体が女の子の言葉の世界です。女の子はなおみを呼びかけることができますが、なおみは女の子の名前を呼ぶことがありません。なおみは女の子の声に返答する程度であって、それ以上の強い強烈なメッセージは発していません。時計は何を意味しているのでしょうか?これはおそらく、時間の流れを表現しているのだと思います。表紙の額縁に飾られた写真の意味は何でしょうか?これは、おそらく、大人になった女性が、再び、しまっておいたなおみを見つけた時に、一緒に出てきた写真だと思います。なぜ、この絵本が、とても「怖い」のか?人形は、モノであるにもかかわらず、人間のようであり、人間のように感情があるように見えて、モノである。すなわち、生と死を連想させるから、だと思います。
 なおみの表情は、とてもリアルです。人形に感情があるとすれば、この人形が人間のことを嫉妬したり、恨んだりするということもまた可能だからです。そんな恐怖があります。6歳の女の子は、大人のようにしっかりとした意見や意思を持っているわけではありませんから、雰囲気に流されたり、夢や幻想に浸ったりします。この絵本は、まさに「子どもの存在感の希薄さ」と「人形の存在感の強さ」とを同時に描いています。女の子は、実は私たち大人の側の世界ではなく、人形の側の世界の中にいるかもしれません。はやくこの女の子を呼びとめておかなければ、人形と一緒に死の世界に引きずり込まれるかもしれません。そういう怖さが、この絵本には含まれているように思えます。
 西洋館風の建物は、私たちの日常から少し離れるという意味と、時空を超えた物語という意味の両方を示しているように思えます。わたしたちは人形をあまりにも簡単に考えてしまっているかもしれません。キャラクターグッズに「きゃああ、かわゆうい!」なんていったり、車の中に人形を並べたりするような大人がいることも事実です。夜中に玩具が勝手に動き出すといえば「玩具のチャチャチャ」「トイ・ストーリー」です。しかし、玩具に愛情を注げばそそぐほど、その反動が予想されます。「もしもしわたしリカちゃん」「今、どこにいるんだ?」「あなたのう・し・ろ」という恐怖を掻き立てる話もあります。神社に人形が供養されているのを見ると、ドキッとします。
 福音館書店のHPには次のような説明があります。
・人形「なおみ」は、加藤子久美子(かとうじくみこ)氏に、この絵本のために作ってもらった。
・人形が身につけているものはすべて、古い正絹の本物。
・舞台の西洋館は、昭和初頭に建てられたもの。帝国ホテルの設計で有名なライトの弟子、遠藤新氏設計の邸宅。
・小道具の写真立て、時計、絵はがきは、いずれも谷川俊太郎さんからお借りしたもの。
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Posted on 2013/06/01 Sat. 22:22 [edit]

category:   2) 恐怖の世界へ

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