映画『シャッターアイランド』感想  

 様々な意見感想を眺めていると、「最初のうちにネタが分かってしまうのでつまらない」というような性質の批判をする人もいます。ごんたろうも、前半のうちになんとなく分かりました。主人公自身が幻覚を見ているというラインで結末になるか。あるいは、実際に人体実験をしているというラインで結末になるか。どっちかなーと思いながら最後まで見ました。主人公自身が幻覚を見ているというオチでした。謎が込み入っていて意外性のある映画というのは、魅力的だと思うのですが、例えそうでないからといって映画を批判するのは、視野が狭い。謎が簡単だからダメな映画、等ととらえるのは、とても幼稚です。わたしたちは「謎解きの映画です」等という宣伝文句に、踊らされる必要はないのです。作品の良さや魅力をまっすぐに受け止めましょう。
 私は、とても良く出来た作品だと思います。二度目に見てみると、細かな部分に気付くことが出来ます。この手の作品は二度目からが本当に楽しめる映画なのかもしれません。以下は、解説ではなく、私がこの映画を見ながら深く思った点です。解説は、徹底サイトを参照のこと。http://shutterisland.eigakaisetsu.com/
 主観思い込みそこから抜け出すのは、なかなか出来ない、ということです。それが心地よい物語であればあるほど、その中に安住して「そうだ」「そうだ」と繰り返しておけばよい。心地よい物語とは、「自分が正義の味方で、世の中には陰謀が渦巻いている、自分が何かをしなければならない。」そんな物語です。男の子が大好きな物語です。正しい自分が存在していて、分かりやすい敵に対して攻撃を加えることが出来るような、そんな物語です。(政治的右翼の人々が中国や韓国に敵意を持つ心境にも似ています。)ちなみに女の子が好きな物語とは、「みんなが私を邪魔者扱いしている。私はこんなに一生懸命にやっているのに誰も分かってくれない」そんな物語です。悲劇のヒロインになりたい。こういう女性は周囲をひっちゃかめっちゃかにしないと気がすまない。(そういう女性、いますよね)
 一見すると恐怖のどん底のように見えるのですが、そこが心地良いのです。自分自身が肯定されていれば、心地よいのです。逆に、最も不快なのは、自分が自分自身を否定しながら生きていくことです。この映画の主人公テディ・ダニエルズは、そうした人間の姿をよく表現しています。シャッターアイランドの意味は何か?おそらくカメラがシャッターを押したような、断片的な映像が繰り返される。時間軸のないような世界のことを指しているのだと思います。(アルファベットを並び変えると、真実と嘘という言葉になるようです)CGは、極めて効果的です。わざと荒目のCG。合成であることが分かるようなCGにしています。主人公の幻想をうまく表現しています。周囲の人々の言動のわざとらしさは、主人公にとっては「陰謀」ですが、二度目に見る視聴者からすれば、演技をさせられているのを、楽しんでいるように見えてきます。この映画の中で、周囲の人々は、彼の妄想にとことん付き合うということを試みようとします。老婆が「シーッ」と口に指を立てるのは、おそらく、周囲の職員が老婆に「今は演技をしているのだから喋っちゃダメよ」と言われていて、それをそのまま模倣してしまったのだと思います。
 なぜ医師たちは、演技をしたのか?第一に、主人公の彼が自分自身を取り戻すためです。まず大事なことは、連邦保安官という立場、自分の世界を確実なものとして生きること。誰も否定しないということです。否定してしまえば、周囲の人間全てが陰謀だということになってしまい、ますます殻に閉じこもってしまいます。否定せずに、認めてあげること、そこで彼は自分自身を取り戻します。保安官として生きる中で、幻覚に惑わされながらも、自分自身のリアルな感覚を獲得していきます。リアリティは、他者とのかかわりの中で得られるのです。他者がこちらの意見やイメージを否定してしまった時、こちらのイメージを肯定してくれる人物を幻想として作り上げる。そういう場合に、人は、妄想から抜け出せなくなってしまうのでしょう。
 第二に、自分自身で矛盾に向き合うためです。主人公は、あの灯台に全てが隠されていると確信し、灯台へと向かいます。(逆に言えば灯台以外の場所については、彼は信用しているのです)最も信用している相棒チャックが、担当医師であったということ。自分が信用している拳銃が、玩具であったということ。そこに気付きます。「矛盾を自分自身で見つけなければ意味がない」医師たちのこの言葉はとても重い。自分の矛盾に直面した時の、あのテディの表情は、とても人間的です。絶望的な表情がうまく表現されています。目の前の矛盾を克服するためには、自分が自分自身を疑うということに向かわなければならない。この映画の中では、主人公テディはそれに成功しました。現実の人々は、こういうことがうまく出来るでしょうか?私も含めて、うまく出来ないかもしれません。自分が自分を否定する。これほど難しいことはありません。その意味で、素晴らしいシーンだと思います。
 ラストシーンは、治療は成功し、自分自身を取り戻しているにもかかわらず、このような状態で生きていくのはあまりにも辛いということで、演技をして、自ら進んで、ロボトミー手術を受ける。という悲しい結末でした。自分自身を取り戻し、自分が自分自身を疑うという地点までは到達できたのですが、では、自分自身の苦しみや責任を全うして生きるということについては、医師たちは、うまく示すことができなかったのです。医師たちは、そこまで彼のことを考えてあげてなかった。十字架を背負いながら生きていくというのは、とても難しいことです。「ああ、そうか。 俺は、とんでもない悪いことをしてしまったんだ。」と分かった後に、普通に生きていくというのは難しいことです。正常であれば正常であるほどに、辛いことです。(2010年、アメリカ映画)
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Posted on 2013/05/09 Thu. 00:01 [edit]

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