『おんなじ おんなじ』感想  

(作・絵:多田 ヒロシ、こぐま社、1968年)豚のぷうと兎のぴょんはそっくり。背丈、服装、表情、靴など。よく見ると微妙に違う。読者はいくつ発見できるだろうか。持っている玩具も同じ、帽子の中の蛙も同じ。ポケットの中から出したものは… 違っていた。等しいという概念は先験的に成立する。自分と瓜二つの相手を見つけると、なぜか嬉しくなる。私たちは、同じ感性や問題意識を持つ相手と、共に悩んだり考えたりしたいのだ。一方、中身は異なっているのに、服装だけが同じだったりすると困惑する。本書は類似した二人が近寄っていき、いくつかの差異を発見し、友達になっていく姿を描く。
 「ぶうとぴょんのえほん」と書いてあります。豚の「ぶう」ウサギの「ぴょん」二人が正面を向かい合っています。帽子も、ズボンも、シャツも、同じです。表情もそっくりです。ページをめくります。同じ靴です。同じ帽子です。同じ服です。二人が並んでいますが、よく見ると、耳の形や鼻の形が異なっています。持っている玩具も、同じです。消防自動車のミニカーです。帽子の中にカエルがいるのも同じです。怪我をするところも、同じです。ポケットの中から出てきたものは?ぶうは、コマでしたが、ぴょんは、野球のボールでした。「こまと ぼうる ちがったね うっふっふ」「おんなじもの たくさん あったね あっはっは」
 私たちは、自分とそっくりな相手を見つけると、興味が湧いてきます。人生には、良き師、良き友が必要だなどと、いいますが、自分と似たような境遇、似たような性格、似たような言動の友がいると安心です。逆に、全く友達でも何でもないのに、洋服がかぶったりすると、ちょっと困惑してしまいます。恥ずかしい思いをすることがあります。古代ギリシアの哲学者は、「等しい」という概念は、誰から教えられたものでもなく、先験的に成立する。というような話をしていました。右と左を並べて、同じだと思うその認識のあり方について。それはあまりにも自明のことのように思われますが、よく考えてみると不思議です。「等しい」「同じだ」ととらえるためには、右と左とを両方眺めておき、それを同一の観点でとらえる必要があります。しかもその際に、美的感覚のようなものが必要です。それは経験したから学んだということではなく、経験とは無関係に、全ての人が気づくことです。
 この絵本は、二人が、お互いの共通点を探すという内容ですが、服装や外見、趣味、性格、言動などの様々な側面に目を向けていきます。実に多くの姿をとらえていきます。それは相手に対して強い興味関心があるからだと思います。遠くから眺めると、「おやおや似ているぞ」と思う。近づいていき、ともに行動することで、微妙に違うということも分かってきます。その上で、やはり似てるよねという結論に至ります。おそらく、今度、何か困ったことがあれば、ぶうはぴょんに相談し、ぴょんはぶうに相談することでしょう。相談するとすれば、答が欲しいというよりは、自分自身が孤独ではなく、誰かとともに問題解決ができる。そんなことをかみしめたい、そんな心境でしょうか。
 辛いこと、悲しいことを、共感してくれる。そんな相手がいるというのは、それだけで嬉しいことです。年齢を重ねてくると、しだいに複雑なものとなっていき、ついに、「私の苦しみは誰も理解してくれない」という絶望感になってしまうこともあります。単純な絵本ですが、幼児期の心境を思い出させてくれる名作だと思います。
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Posted on 2013/03/13 Wed. 01:01 [edit]

category:   1) 出会い 友達の予感

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