『とこちゃんのながぐつ』感想  

(作・絵:かとうまふみ、学研、2007年)とこちゃんの家の靴箱。5足の靴がある。晴れの日にはスニーカーを履いて公園のブランコで遊ぶ。デパートでお出かけの時には赤い靴。靴箱に戻ると自慢話だ。長靴は出番がなく、悲しい気持ちになる。雨が降ればいいのにと思う。嫉妬だ。しばらくすると雨が降る。毎日が長靴の日になり、立場が逆転する。長靴が自慢話をして「仕返し」をするか、あるいは皆の気持ちをくみ取るかは、重要な分かれ目である。本書ではより良い関係の構築に向けて一歩踏み出す。その気持ちはとても大切だ。立場が入れ替わるということを踏まえれば、人間関係は豊かになる。
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 とこちゃんの家のくつ箱には、たくさんのくつがあります。とこちゃんの靴は5足あります。「いつも くつばこのなかで おでかけするのを たのしみに まっています」今日はピンクのスニーカーでした。公園でブランコで遊ぶとこちゃん。スニーカーも、とってもたのしそうです。その日の夜、ピンクのスニーカーは他のくつたちとお話しをします。「ぼくたつ そらを とんだみたいだった」すると他の靴たちは「いいな、いいな」うらやましそうです。黄色のながぐつは、「あした、あめがふりますように」とお願いしました。次の日も、次の日も、雨は降りません。真っ赤なお出かけの靴は、「デパートたのしかったね」といい、青い靴は、「こうえんの おはな、きれいだったね」といいます。ながぐつは二人(右と左)で話をします。「あめ、ふらないね」「わたしたち、ずっと、おでかけできないのかな」二人はだんだん悲しくなってきました。とうとう泣き出してしまいます。すると次の日、雨が降ったのです!!ながぐつは、ひさしぶりに、おでかけしました。次の日も雨、また次の日も雨、それからずっと、まいにち あめが続きました。ながぐつは、自分たちが楽しかったという話をしてきかせます。「ほかの みんなは ちっとも おもしろくありません」今度はみんなが悲しくなってしまい、泣きだしてしまったのです。ながぐつは、こんなふうに言います。「だって、あめがふってるんだもん。しかたがないじゃない。」ながぐつは、ほかのみんなのことは知らんぷりでした。次の日も雨が降ったのですが、昼頃に雨が止み、晴れてきました。「また、おでかけ、できなくなっちゃうのかな。」ながぐつは、悲しくなってきました。とこちゃんは、どろんこ遊びを始めます。ながぐつは、こんなふうに言います。「たのしいね」「わたしたち ながぐつで よかったね」家に帰るととこちゃんはながぐつをきれいに洗って、ベランダにほしました。「あめは やんでしまったけど、ながぐつは、なんだかとってもいいきぶんでした」「ねえ、あとで みんなに おしえてあげようね あしたは はれだよって」ここで終わりです。
 さて。本書は人間の本質がよく描かれています。人間の喜びとは何か?一つは静かで安心して休息を取ることができるという空間。そしてもう一つは変化があり、たくさんの景色が見られ、多くの出会いと感動がある、そんな空間です。靴箱の中にひっそりいることもまた、大切なのです。そして時にはそこから飛び出し、新しい世界を見つめることも必要です。永遠に暗がりにいるのも不幸ですが、かといって永遠に表舞台にいるのもまた、不幸です。出たり入ったりする時に、私たちの意識はリセットされ、境界線を越える時に、自分の存在をしっかりとらえることができる。そんなふうに思います。
 さらに。他の靴たちが外の世界を謳歌している時に、ながぐつたちが泣いてしまう。今度はながぐつたちが外の世界を楽しんでいる時に、他の靴たちが泣いてしまう。このあたりの「嫉妬」は、とても人間的な姿に見えます。私たち人間は、自分が不幸で、他人が幸福だったときに、あろうことか「あいつも不幸になれ!」と思ってしまうのです。自分が不幸である原因は、他人が幸福であるからにちがいない、という 不思議な理論を掲げてしまうのです。しかしそれが人間の、人間的な姿です。この絵本を読んでいると、人間の愚かさというか、弱さというか、そういうものを感じます。よくみると、前半と後半で違いがあります。他の靴たちは、自分たちが外の世界を謳歌しているときに、ながぐつたちの気持ちは理解できていませんが、ながぐつたちは、自分たちが外の世界を謳歌し終わる頃には、他の靴たちの気持ちが分かってくるのです。嫉妬というのは、人間の愚かさ、弱さでもありますが、嫉妬と嫉妬を繰り返してしまえば、社会は良くなりません。ながぐつたちの「ねえ、あとで みんなに おしえてあげようね あしたは はれだよって」というセリフは、嫉妬や復讐といったマイナスの心境から、より良い関係を作っていこうとする豊かな心境への転換点だと思います。
 話は変わります。靴や傘、わたしたちが手にする道具に心や魂があるという考え方は、アニミズムと呼ばれています。宗教的な意味、霊的な意味でとらえる人もいますが、特に幼児教育においては、重要な意味を持っていると思います。それは「自分という主体に対して、たんなる手段あるいは道具」という見方や考え方から距離を置くという点にあります。天気が良く、外で遊んでいる時に、ひょっとしたら今、ながぐつさんたちは寂しい思いをしているかもしれない。自分が幸せな時に、その近くに、幸せではない人がいるかもしれない。自分が鉛筆や消しゴムによって自由に絵を描くことができるが、ひょっとしたら鉛筆や消しゴムは、それによって不自由を感じているのかもしれない。そういう感覚が大切なのです。針供養という儀式があります。いつも裁縫では固い布にブスブスさしていますが、その針の気持ちになって考えれば、それは辛いかな。というような思いやりなのです。人間というのは放っておけば、どんどん王様や大将のような心境になってしまう。だから常にそれに反するようなメンタリティの中に、人間を置く必要がある。そんなふうに思います。この絵本が提起するテーマは大きく、刺激的で、重たいものがあると思います。
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Posted on 2012/09/22 Sat. 21:42 [edit]

category:   4) 喧嘩と葛藤

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