「ファーストガンダムの魅力」考  

 ここで取り上げるのはテレビアニメ機動戦士ガンダムです。放送は1979年~1980年、劇場版は1981~1982年。とにかくファーストガンダムが最も感動的で素晴らしいアニメ作品だと思います。三つの区分をしたい。①ガンダム以前②ガンダム③ガンダム以降(Zガンダム以降)①と②の間の変化についてはよく論じられるのですが、②と③の間の変化は殆ど論じられません。①と②の間の変化について簡単に整理すると。①ガンダム以前では、30分単位で一話完結、敵が1体登場し、必殺技などで敵を倒す、平和が戻る、という内容となっていました。敵は地球征服という明確な悪い目的でやってきて、主人公は正義という明確な正しい目的で戦います。(スーパーロボットと呼ばれています)


 ところが、②ガンダムは、全体で一つの物語になっており、大きな社会の変化、主人公の成長、人間関係の変化、技術革新などが描かれています。それゆえ途中の一話だけ見てもあまり意味は分かりません。敵であるジオン軍は、地球連邦からの独立という現実的な目的で行動します。主人公アムロは正当防衛ともいえる動機で戦います。現実の戦争と同じような論理で物語が進みます。このようなアニメを見て熱狂したのは、青年あるいは大人たちでした。それまでの子ども向けアニメとは全く異なるその世界観に引き込まれ、多くの青年たちがプラモデルを買いました。(ごんたろうも)私が特に思うのは、②から③への変化なのです。
 1.
 分かりにくさ少なくとも②のファーストガンダムは、詳細な背景や世界観が分からなくても、ある程度は楽しめる、そんな内容だったのです。それが③になると、急に設定や世界観が複雑になり、主人公が誰なのかもよく分からなくなり、おまけにファーストガンダムを熟知していることを前提とするような内容になりました。②ガンダムは、途中から見たとしても、100%理解でくなくとも、ある程度は楽しめます。しかし③のガンダムは、もう何のことやらさっぱりです。もうすでにガンダムワールドにどっぷり浸かっている人に向けて作られているようなのです。分かりにくさの最大の原因は、敵と味方が明確ではなくなったという点です。ジオン軍は、色彩や形状において、悪役のイメージを継承していました。いかにも悪者登場というような雰囲気や音楽がありました。もちろん、ジオン軍なりの論理や正統性があるのですが、それは隠れた部分であって、さらりと見た範囲では分からない。一見すると悪者っぽく見える。そこが大切なのです。ファーストガンダムでは、主人公ロボは1体です。しかし③ガンダム以降では、なんとかガンダム、なんとかガンダムと次から次へと出てきて、主人公ロボを特徴付けるものが見えなくなりました。当然ながら主人公ロボに感情移入できませんでした。②のファーストガンダムとは、かっこいい少年向けヒーローアニメの良さを継承し、そこに深さを加味しているという点で素晴らしいと思うのです。
2.
 人間関係の複雑化人間関係の描き方もずいぶんと変わりました。ファーストガンダムは、(特に前半は)少年アムロの目線で物語が進んでいくので、周囲の大人とアムロの出会いや葛藤が描かれていくのです。(それはアムロの成長につながり、ガンダムのカッコよさにつながるのです。)中盤以降になると、脇役たちにも準主人公的な描き方がまわってきます。例えば「大西洋血に染めて」は、カイが主人公です。シャアの内面が分かってくるのはサイド6のあたりからであって、それまでは謎の人物として扱われます。ところが、③のガンダム以降になると何か変わってきます。全ての登場人物をまるで主人公のように描きだすのです。登場する全てのシーンで、まるで主人公のような内面と葛藤をむき出しにしてくるのです。とても30分で消化できるような内容ではなくなってしまうのです。この世界にどっぷり浸かり、何度も録画して見直すような人にとっては良いかもしれませんが、そこに到達する前に興味を失ってしまうのです。
3.
 恋愛や性的なものへの傾斜人物の内面を浮かび上がるような内容になってしまうと同時に、美少女や美少年ばかりが大きく取り上げられるようになってきました。その一方、おじさんやおばさんは殆ど登場しなくなりました。(ランバラルやウッディ大尉のような人物が出てこなくなるのです。)恋愛物語のような内容が多く含まれるようになってきたのです。まるで少女マンガのようでした。「美少女と美少年を眺めていたい」という気持ちは分かりますが、だからといって殆どの登場人物を美少女と美少年にしてしまえば、それでは作品世界として成立しません。モデルのような美少女がメカニックマンだったり、パイロットだったり。美男美女が次から次へと登場し、どんどんリアリティが失われていくのです。気がつくとまるで高校の学園物語のようになってしまいます。ある主人公は、生死をかけた戦いの中で「俺はお前が好きだあ」みたいなことを言います。恋愛のシーンを一切否定するつもりはないのですが、これでは戦争っぽく見えてきません。ファーストガンダムで類似したシーンは、ミライとスレッガーのシーン、シャアとララアのシーンくらいでしょうか。恋愛になりかけているようなシーンを見せた直後に、その人物が戦死します。ゆっくり恋愛なんかさせないのが戦争です。
4.
 カッコよさカッコいい、かわいい、というのは、物語の中ではあくまでじわーっと湧き出てくるようなものでなければなりません。見た目イケメンとか、見た目美少女というのは、登場した瞬間はよいかもしれませんが、当然飽きてくるのです。飽きてくるのを隠すかのように、とにかくキザなセリフを乱用しているように見えます。ミライが素敵に見えてくるのも、軟弱アムロがかっこよく見えてくるのも、物語の中での様々な描き方があるからです。美少年と美少女がキザなセリフをはきだなが登場し、人間の内面や恋愛感情が細かく描かれ、その一方でロボットのシーンはどんどん雑になってきました。とにかくいろんな種類のロボットと多く登場させ、パッパッ動かせばカッコいいと思っているようです。本当にカッコいいシーンとは、ランバラルのグフとガンダムの戦いや、ゲルググとの戦い、あるいはジオングのように。二体のロボットが互角の勝負をしている時がカッコイイのです。しかも重要なことは、見る側が感情移入できることです。ということは、出来るだけ人間に近い形状で、人間のような動きが必要です。武器は多くても二つ。得意技もあるが、弱手もある。そんな戦いがカッコイイのです。最近のガンダムは、とにかく形状がごちゃごちゃしていてロボットのように見えない。それからビームやミサイルがとにかく圧倒的なパワーなので、爆発の規模は大きいのですが、もう何でもアリみたいになってしまうのです。しかも、ぼろぼろに傷ついた主人公が、感情だけですごいパワーを出すというのは、どうしてもリアリティを感じません。主人公が逆転勝利するのは、あくまで知恵を使うからです。(例えば、太陽を背にして戦うと有利になるのです!)そういう知恵で勝利するから、それを見ている側はドキドキハラハラするのです。Zガンダム以降の全てのガンダムが、ファーストガンダムの良さを継承できないのは、なぜでしょう。ファーストガンダムというのは、転換点にあって、特別な位置にある作品です。ガンダム以降、アニメは思春期以降の大人が作り、予備知識を持った大人が楽しむもの、という形になってしまい、もっと単純に「少年の心を揺さぶる」という良さが失われてしまったのです。いろんなことを詰め込もうという姿勢が前に出てしまい、あるいは壮大な長編ストーリーであるという姿勢が前に出てしまい、30分の一話における起承転結、という基本中の基本を忘れてしまうのです。②の範囲におさまっているアニメとして、『幻魔大戦』『銀河鉄道999』、もうちょっと後になりますが『銀河漂流バイファム』までくらいでしょうか。悪意はありません。どうか怒らないで下さい。あの感動的なファーストガンダムに匹敵するような、ビックリするような感動アニメはありませんか?
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Posted on 2012/09/22 Sat. 21:40 [edit]

category: アニメ・特撮

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