『えのすきな ねこさん』感想  

(作・絵:西巻 茅子、童心社、1986年)洋裁屋のうさぎ、漁業のきつね、大工のさる。一方、ねこは絵を描く。三人から「何の役に立つのか」と問われる。ある日、ねこは三人の似顔絵を描き、みんなは喜ぶ。これは個性の話ではなく、職業の話だ。三人は生産的な職業であり、ねこは相手を喜ばせるサービス業である。すなわち芸術の大切さではなく、芸術家という職業の大切さを訴えている。ラストは印象的。ねこは三人が自分の絵を理解できないと分かったときに笑う。見下しているかのようであり、不気味だ。本書は、少しだけ芸術家の優位を説いているように見える。ルサンチマン? 少し怖い。
 いつもアトリエで絵をかいているねこさんがいました。うさぎさんがやってきました。うさぎさんは言いました。「あら、また えを かいているの。 えなんて なんの やくにたつのかしら わたしは まいにち ミシンかけ。 ねこさんのシャツも できたわよ。」うさぎは、ねこさんにシャツを渡しました。きつねさんがやってきて言いました。「えなんて なんのやくにたつんだろう。 ぼくみたいに つりをすれば、 おいしい さかながたべられるのに。」きつねは魚を置いていきました。さるさんがやってきて言いました。「えなんて なんの やくにも たたないねえ。」そういって、大工の道具箱を出して、ねこさんの部屋のイスを修理してくれました。しばらくねこさんは考えるのです。うさぎさんの作ってくれたシャツを着て、さるさんが修理してくれたイスに座り、きつねさんのくれた魚を食べました。「えなんて なんの やくにも たたないって みんながいうけれど。」次の日には、ねこさんは、再び絵をかいていました。今度は、うさぎさん、さるさん、きつねさんの姿を描いていたのです。そんなある日、三人がねこさんの絵を見るためにやってきました。三人は、ねこさんがいつも描いている絵を見て、「なんだか、むずかしいねえ」と言ってみたり、「すてきね」と言ってみたり、します。三人を描いた絵を見ると、三人とも大笑いします。「えを みるって たのしいねえ。」「ありがとう。きょうは とっても いい いちにちだった。」等といって三人は帰りました。「だれも ぼくのかおのえには きづかなかった。」ねこさんは くっくっとわらいました。それからぼくは えをかくのが すきで じょうすで、ほんとうに よかった と おもいました。
 さて。まず議論しておきたいのは、この話が個性の話なのかどうかという点です。個性を大切にするということを、この絵本から読み解くことについては、私は反対です。ここで描かれているのは、「何が出来るか」ということ、すなわち能力です。個性というのは、人々の会話や諸関係の中で響きあうようなものだと思います。この絵本に、そのようなものは描かれていません。この絵本が直接的に語ろうとしているのは「芸術の大切さ」です。しかしこの絵本から読み取れるのは、もっと大きな問題、「職業選択」です。 魚つりのキツネ → 漁業従事者 シャツ作りのうさぎ → 工業従事者 イス修理のさる → 工業従事者彼らは、人間生活にとって必要な物を作るという極めて重要な産業に従事しています。彼らは「役に立つ」という言葉を使っています。一方ねこさんは、絵を描く、芸術家、すなわち誰かを喜ばせるという意味でサービス業なのです。この絵本は、農業や工業従事者が、サービス業従事者に対して「そんなものは役に立たない」と冷たく否定することから始まるのです。そして最後は、サービス業はサービス業として重要である、という結論になるのです。
 この絵本は、「農業や工業が重視されていた時代に、サービス業の重要性を主張している」のです。それがこの絵本では、ちょっと行き過ぎているようなところがあります。すなわち「全ての仕事は平等」と言っているのではなく、芸術やサービス業が、若干優位なのです。「サービス業にだって役に立つこともある」といっているのではなく、「サービス業が最も素晴らしい」といっているようなところがあるのです。本来、芸術というのは誰もが親しみ、誰もが芸術的表現を楽しむというような、全ての人に開かれたものでなければならないと私は思います。しかしこの絵本が示しているのは、農産物や工業製品等を生産する者と、芸術作品を生産する者との区別です。「芸術の大切さ」というよりは、「芸術家の必要性」を訴えているのです。現代の若者の中には、芸術を職業にすることを目指す者が少なくありません。マンガ家になりたい。ミュージシャンになりたい。そんな若者は、芸術や文化に浸っているような仕事に就きたいと思うのです。翻って現代社会を見てみましょう。農業だけでは生きていけずに、別の仕事をしなければならない。工業で働く派遣社員は、不景気だという理由でバッサリ切って捨てられてしまいます。そんな時代にあって、いわゆる金融業、金を右から左に動かす人々が大儲けしたりするのです。本来、もっとも役に立つはずの農業と工業が、こんなに軽んじられている。そういう時代なのです。現代社会の問題は役に立つことをしているのに、その代償を得られない。それが問題です。そんな時代にあって、この絵本を見て共感する気持ちには、なかなかなりにくい。
 最後のシーンは極めて印象的です。三人が笑うのは、ねこが描いた絵を見せた時です。しかしねこが笑うのは、三人が自分の絵を理解できないと分かった時です。サービス業というのは、いわゆる人間を喜ばせてお金をもらうという仕事です。本来ならば、三人が自分の絵を理解できなかった時に、悲しくなる、というのが本来のサービス業です。誰かが理解してくれるように頑張る、とか、理解してもらえるように工夫する、とか、理解してくれる人がどこかに存在することを信じる、とかそういった話になるはずです。しかし最後のシーンでねこさんは笑っているのです。これは何を意味するのでしょうか?
 不気味です!ねこは、三人を見下しているのです。自分自身の芸術性のレベルが高く、誰にも気づかれないでいたということが嬉しいのです。おそらく次の日、ねこさんはひっそりと次のように考えるでしょう。よし。俺の絵を彼らに売ろう。どうせ彼らには理解できないはずだ。そんなふうに思うかもしれません。三人を上手く操り、自分だけが好きなことばかりをやって食べていけるようなシステムを作ることでしょう。感性豊かでありながら、このねこは、腹黒い精神とルサンチマンとを兼ね備えた存在です。作者が、そこまで考えてこの絵本を作ったのであれば、私は評価します。ねこに対する批判や皮肉を込めて作ったのであれば、私は評価します。しかしそれを無意識的に行っていたり、自己弁護のための絵本を書いたとするならば、私は批判的です。多くのことを思いめぐらすような刺激を与えるという点では、素晴らしい絵本です。しかしここで描かれるねこさんに対してはどうしても共感できません。
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Posted on 2012/09/04 Tue. 21:37 [edit]

category:   3) 個性と役割分担

thread: 絵本 - janre: 本・雑誌

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