『びくびくビリー』感想  

(作・絵:アンソニー・ブラウン、訳:灰島かり、評論社、2006年)ビリーは寝る前に心配になる。帽子や靴、天気のこと。巨大な鳥に襲われるかもしれない。子どもにとって夜の就寝前は恐怖の時間だ。恐怖心の根源は、おそらく何かが起こるだろうという想像力である。何も考えない人は恐怖を感じない。また暗闇は「死」を連想させる。それゆえ寝る直前に誰かがそばにいてくれると安心する。ビリーは、おばあちゃんの家で泊まることになる。いつもと違う場所であり、いつも以上に不安だ。おばあちゃんが「心配引き受け人形」を持ってきてくれて、安心する。ビリーが人形を信用する根底にはおばあちゃんへの信頼がある。
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Posted on 2015/11/29 Sun. 21:14 [edit]

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『ぼくはいかない』感想  

(作:柴田愛子、絵:伊藤秀男、ポプラ社、2003年)あそび島の子どもたち。はなれた場所にペガサスの家がある。子どもたちはそこで宿泊合宿をする予定。しんたろうは不安だ。父母不在の夜は怖い。それを素直に言うことも出来ない。ただ希望を聞かれた時に「ぼくはいかない」と答えるので精一杯だった。周囲の大人も子どもたちも、理由を聞いたり、行くことを勧めたり、あるいは冷やかしたりすることはない。皆がペガサスの家に行っている間は暇だ。宿泊から帰ってきてもいつもと同じように接していた。あと一歩の勇気は、自分の内側から出てこなければ意味がない。ここには、それを待つ優しさがある。
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Posted on 2015/11/29 Sun. 21:14 [edit]

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『モチモチの木』感想  

(作:斎藤隆介、絵:滝平二郎、岩崎書店、1971年)豆太はとても臆病で、夜中に手洗いに行けない。昼と夜は世界が違う。特にモチモチの木は不気味だ。じいさまが一緒だと安心。そんなある夜、じいさまが倒れる。大変だ!豆太は勇気を振り絞り、独りで山の麓の医者を呼びにいく。豆太は無心で走る。何も想像しなければ怖くない。…昔の人は、死の恐怖を身近に感じ、それゆえ力強い勇気を持ち合わせていたと思う。現代人は便利と安全で勇気を手にする機会がない。医者が到着し、ほっとした時、そこで豆太は月に照らされるモチモチの木を見る。夜には街灯が無く、それゆえ月はいっそう美しかったはずだ。
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Posted on 2015/11/29 Sun. 21:15 [edit]

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『かぜはどこへいくの』感想  

(作:シャーロット・ゾロトウ、絵:ノッツ・ハワード、訳:松岡享子、偕成社、1981年)夕暮れを見て不安になる男の子。太陽はどこへ行く?男の子は不安に感じる。吹いていた風が止んでしまうとどこへ行くのだろう。タンポポの種はどこへ行く。この道はその先の果てで終わってしまう? 雨の水はどこへ行く? 木の葉は落ちた後どうなる。男の子の不安は、知識の欠如ではない。今ここにあるものが終わってしまうとその先には何も無くなってしまうという「虚無」についての不安だ。母は、終わったらその次に別の形で始まるのだと諭す。終わりは始まりであり、真の終わりは存在しない。不安を消し去るのは知識ではなく、深い優しさである。
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Posted on 2016/01/10 Sun. 21:35 [edit]

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『くらやみのかみさま』感想  

(文・絵:長谷川知子、新日本出版社、2002年)山の中にある一軒家。男の子とんちゃんは、コンビニへの買い物を頼まれる。暗闇を一人で歩き、山を下りる。本来私たちは暗闇や恐怖に対する畏敬の念を持っており、それが謙虚さや冷静さをもたらしていた。今や私たちの日常生活から暗闇や恐怖は随分減った。コンビニは常に昼であり夜の街もとても明るい。暗闇の恐怖を感じることも大切だ。本書でとんちゃんは、夜の山道で狸や猫や兎の動物たちと出会う。彼らはとんちゃんに同行してくれる。森の奥にはたくさんの動物たちがいる。彼らは神様かもしれない。私たちは知性や理性により恐怖を乗り越える。
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Posted on 2016/01/11 Mon. 21:02 [edit]

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『ねないこ だれだ』感想  

(作・絵:せなけいこ、福音館書店、1969年)夜遅く起きているのは誰か。その目は緑と黄色。これはよく見ると二人だ。梟の緑とミミズクの黄色である。その後、黒猫や泥棒が登場。夜中はお化けの時間だ、お化けは寝ないで遊んでいる子を連れて行ってしまう。本書は、夜という時間を楽しむ本である。自分が寝た後にも依然として世界はそこに存在し、そこで生きている人間がいるということを知る。すなわち自分の認識に限界があるということに気づき、知覚不可能な地点にも認識を広げることになる。それは恐怖でもあるが、ファンタジーの入り口でもある。本書を説教の道具で使用するべきではない。
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Posted on 2016/03/03 Thu. 21:44 [edit]

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『くらやみ こわいよ』感想  

(作:レモニー・スニケット、絵:ジョン・クラッセン、訳:蜂飼耳、岩崎書店、2013年)男の子は暗闇が怖い。日が沈み、暗闇が出来る。昼間は地下室に隠れているが夜になると家のあちこちに広がる。男の子は地下室の暗闇に向かって語りかける。暗闇もそれに答える。ある日、寝室の豆電球が切れた(=暗闇が来た)。男の子は暗闇と対決する。暗闇は語る。私たちの人生は暗闇とともにある、私たち自身であるから、怖がる必要はない、と。暗闇が怖いのは、それが「分からない」から、遠くからやってくる存在だからである。男の子は、暗闇と対話し、自ら暗闇に入ることで恐怖心を克服していく。暗闇が自分自身と同化した時に、対話は終わる。
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Posted on 2016/04/13 Wed. 21:24 [edit]

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『おおかみと七ひきのこやぎ』感想  

(作:グリム童話、絵:フェリクス・ホフマン、訳:瀬田貞二、福音館書店、1967年)母ヤギが不在中。子ヤギを食べようとオオカミがくる。ドアを閉めた状態だ。オオカミは声を変え、手の色を変えて、子ヤギを欺く。子ヤギはドアを開けてしまう。知恵ではオオカミが勝っていた。6匹は食べられてしまうが、1匹は助かった。おそらく末っ子は独特のアイデアを持っているのだ。母ヤギは、昼寝をしているオオカミの腹を切って救出し石を詰めて殺す。なぜ直接殺さないのか。これは、おそらく騙されたことの報復である。オオカミを騙してこそ真の勝利である。なお本書はヤギと人間の混合で描かれており、変だ。昔話を絵本にするのは難しい。
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Posted on 2016/04/27 Wed. 21:36 [edit]

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『おんぶおばけ』感想  

(作:松谷みよ子、絵:ひらやまえいぞう、童心社、1990年)森の中を歩くと「おんぶして」と呼びかける声が聞こえる。怪力男も怖がって逃げてしまう。おばあさんがおばけを引き受けて自宅に戻ると、小判や玩具、そして鬼の赤ちゃんがいた。子のいないおばあさんは大喜び。私たちは、知らない他者が迫ってきた時、警戒したり、恐怖を感じたりしてしまう。背中を向けているからいっそう怖いのだ。一歩踏み出して相手とかかわる時には、お腹の中にふんと力を入れるような勇気が必要である。その一歩踏み出す力があれば、いつしか財宝や良縁にめぐまれるであろう。赤ちゃんは、赤ちゃんというだけで幸福の象徴だ。
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Posted on 2016/07/12 Tue. 22:22 [edit]

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『しずかなおはなし』感想  

(作:サムイル・マルシャーク、絵:ウラジミル・レーベデフ、訳:内田莉莎子、福音館書店、1963年)枯葉や枯れ枝の散らばる寒い冬。ひっそり暮らすはりねずみ。夜にオオカミがやってくる。針を逆立ててじっとする。じっとしていればオオカミに食べられることはない。恐怖と動揺を制止し、無音かつ無動で耐える。それは勇気がいることだ。オオカミからしても針があると食べられない。空腹のオオカミの荒々しい動きが表現される。今度は人間が近づく。鉄砲に打たれる前に退散だ。自然界における弱肉強食の空気感がよく表現される。小さいものと大きいもの、弱いものと強いもの、小さな音と大きな音、冷たい風と温かいねぐら。あらゆる対比が印象的だ。
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Posted on 2018/07/02 Mon. 05:23 [edit]

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