『せかいいち うつくしい ぼくの村』感想  

(作・絵:小林豊、ポプラ社、1995年)アフガニスタンはとても自然豊かで美しい国である。サクランボを売る人々の生活、温かな家族、街での出会い、親から子へ受け継がれる文化、多くが描かれ、最後の最後で全てが一瞬にして消え去る。これこそが戦争の恐ろしさである。この最後の文章を目にした後で、読者は何を想像するか。大切なのは想像する力である。本書は教科書に採用されているが、授業の中で想像させる時間はあるだろうか。また本書は続編(後日談)もあるが、それは読者の想像を奪ってしまうのではないか。現実の人間に悪魔はいない。地球の裏側を想像する力が平和をもたらす
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Posted on 2012/07/07 Sat. 00:33 [edit]

category:   1) 戦争の悲惨さ、残酷さ

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『おこりじぞう』感想  

(作:山口勇子、絵:四国五郎、金の星社、1979年)原爆である。本書は死の淵にある人間を、丸太やぼろ布のようだと表現する。悲しいが表現は適当だ。少女が苦しみ死んでいく。これが残酷であるのはなぜか?たんに少女が命を落とすからだけではない。人殺しが国家という目的によって正当化されるから。国家は、人々に安心や安全をもたらすが、一歩間違えれば死をもたらす。少女は、日本国民という理由で、この運命を引き受けることとなってしまった。おじぞうさまが怒っているのはなぜか?人々が戦争という道を食い止めることが出来なかったから。怒る主体がいるということは絶望の中の小さな希望だ。
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Posted on 2014/02/08 Sat. 19:35 [edit]

category:   1) 戦争の悲惨さ、残酷さ

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『だっこの木』感想  

(作:宮川ひろ、絵:渡辺洋二、文溪堂、2011年)浅草にある銀杏の木。父母とカズヤが手をつなぎ、木をだっこする。父が戦地へ向かい、母子は田舎へと疎開。その後空襲だ。戦争が終わり、この木は無事だった。父は戦死したが、母子は無事だった。しばらくするとカズヤが孫をつれてやってくる。再会は、長い時間を一瞬で再生し、過去と現在をつないでくれる。本書は、銀杏の木とカズヤとの間の、時代を経たやりとりを描く。死ぬということは悲しいことであり、生きているということは嬉しいことである。ただし戦時下において、一人の人間はあまりにも小さく、ただひたすら生き残ることしかできない。
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Posted on 2016/08/07 Sun. 17:55 [edit]

category:   1) 戦争の悲惨さ、残酷さ

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