『ふしぎなナイフ』感想  

(作:中村牧江、林健造、絵:福田隆義、福音館書店、1997年)固くて冷たいはずのナイフが、様々な形へ変わる。まがる、ねじれる、おれる、われる、とける、きれる、等。誰かが動詞一覧表を読みあげているようだ。言葉がナイフを誘導している。どんな音がするかを想像しよう。これぞファンタジー。生命の躍動だ。どんなに変化しても、驚異の回復力で、再びもとに戻る。後半になると、のびて、ちぢんで、ふくらんで、等となる。観衆はどんな声をあげるか。うぉおっ、わあーっ、すげえ、等。その反応まで想像すれば、ぐっと世界が広がる。最後の頁は、言葉がない。どの動詞が入るかな?ナイフが言葉を追い越した。
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Posted on 2014/11/22 Sat. 19:21 [edit]

category:   3) 認識を覆す

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『光の旅 かげの旅』感想  

(作・絵:アン・ジョナス、訳:内海まお、評論社、1984年)朝に家を出る。道路、農場、麦畑、海辺、花畑、地下鉄、映画館…最後の頁で夜になる。ところが「本をさかさかにしてごらん」と書いてある。するとそれまでの見てきた風景が一変する。映画館だった風景はレストランに、橋だった風景は電柱になる。それまで見てきた同じ風景を今度は夜の街として移動することになる。二つの世界が成立するように計算されていて見事だ。一方で見るともう一方は見えなくなる。まるでルビンの壺、メルロ=ポンティ。私達の日常風景も、昼と夜では全く世界が異なる。当たり前のようだが不思議だ。本書の主人公は、光と影。
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Posted on 2015/12/21 Mon. 21:43 [edit]

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『ZOOM』感想  

(作・絵:イシュトバン・バンニャイ、復刊ドットコム、2005年)右頁のみ、文字はない。映像をズームアウトしていく。鶏、鶏を眺める子ども、彼らのいる家、その集落、実はその集落は子どもの箱庭、と思ったらそれは雑誌の表紙、雑誌を持つ青年、青年のいるプール、プールのある客船云々と続く。先に見た映像の背後や前提を広い視野からとらえていく。頁をめくるたびに驚きがある。最後は美しい地球。私たちは目の前の事象だけを見て判断することが多いが、実際にはその背後の論理が重要だったりする。そんなことを思う。なお本書を逆に読めばズームアップになる。パラパラめくればダイナミックな変化を楽しめる。
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Posted on 2015/12/30 Wed. 22:22 [edit]

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『さかだちぎつね』感想  

(作:槇 ひろし、画:前川欣三、福音館書店、2014年)狐が逆立ちをしている。とても変だ。しかし狐から見れば、こちらの方が変ということになる。コウモリやナマケモノのような動物を想起してもよい。人間もまた上下が反転するメガネをかけると、しばらくすれば慣れるという。全ては認識の問題なのだ。本書では狐がおまじないで絵本さえもひっくり返してしまう。最後は水面に移った風景である。天の橋立を想起する。上下が反転するという思考実験を通して、私たちはある種のメガネを通して世界をとらえていることに気づく。メガネを捨てることは出来ないが、そこにメガネがあるということは自覚できる。
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Posted on 2016/01/18 Mon. 21:24 [edit]

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『きんぎょがにげた』感想  

(作:五味太郎、福音館書店、1982年)金魚鉢から飛び出した金魚。どこかに隠れている。カーテンの模様、花、飴玉、苺、等。一生懸命にその「ふり」をする。擬態は完全ではないため、読者は金魚を発見できる。読者は発見の経験によって自分の存在を確かめることが出来る。あっ、と発見してしばらく眺めてみる。ばれているにもかかわらずじっとしている金魚の姿が愛おしい。金魚は見つかったことに気づき再びジャンプする。しだいに難易度があがる。最後は池の中に多くの金魚がいる。他の金魚のふりをする脱走金魚。果たして持ち主は、正確に最初の金魚を取り出すことができるであろうか。
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Posted on 2016/01/20 Wed. 22:16 [edit]

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『どこへいってた?』感想  

(作:マーガレット・ワイズ・ブラウン、絵:バーバラ・クーニー、訳:うちだ りさこ、童話館出版、1996年)猫、リス、魚、小鳥、馬、蛙、等の動物たちに優しく語りかける。どこへ行っていた?どこを泳ぐ?どこを飛ぶ?何をしていた? 問いかけているらしき小さな動物もそこに描かれている。問いかけに対する答は、絵の中に描かれている。馬は原っぱをうっとりしていた。蛙は丸太の上で歌を歌っていた。鯨は嵐の海の大きな波を乗り越えて泳ぐ。ライオンはお昼寝。本書は親子で読む。親が文を読む(問いかける)と、子が絵を見ながら答える。そのやりとりを想定して作られているのだ。それゆえ最後の頁にあっと驚く仕掛けが待っている。幸せな気持ちになる。
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Posted on 2016/02/24 Wed. 21:22 [edit]

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『りんごかもしれない』感想  

(作:ヨシタケシンスケ、ブロンズ新社、2013年)少年はふと思う。これはりんごではなく大きなサクランボなのかもしれない。中はブドウゼリーかもしれない。反対側はミカンかもしれない。りんごの気持ちになってみる。髪の毛が欲しいと思っているかもしれないし、他のものになりたいかもしれない。ここにりんごがあるのはなぜ?何者かの陰謀かもしれない。私たちはりんごだと決めてしまうと、その先は考えることをしなくなる。重要なことは問いだ。常識で納得せずに、他の答を予想する探究心だ。今の自分の認識を疑うところから科学は始まる。後半ではホラーやSFになる。その発想はとても豊かだ。
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Posted on 2016/02/24 Wed. 21:23 [edit]

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『視覚ミステリーえほん』感想  

(作・絵:ウォルター・ウィック、訳:林田康一、あすなろ書房、1999年)私たちは上から光が来て下に影が出来るものだと思い込んでいる。そのため、上下ひっくり返すと違った形に見えてくる。鏡に映るのは虚像である。真実を見極めるのは難しい。エッシャー風のだまし絵。私たちは見える映像から、そこに立体があるはずだと思い込む。特殊な細工をすると私たちは映像を解釈できなくなってしまう。事実をそのまま受け止めるというのは難しい作業なのだ。良く出来ている。本書の作者は次から次へと認識を壊そうと映像を送ってくる。遊び感覚で不思議な体験が出来る。私たちは本書を通して自分自身の認識力とその限界を知る。
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Posted on 2016/05/05 Thu. 21:08 [edit]

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『きみはしっている』感想  

(作・絵:五味太郎、岩崎書店、1979年)ハゲワシ君が岩の下に肉を隠す。戻ってくるとそこには無い。誰が奪ったのだろうか。かくして犯人探しが始まる。ジャングル中の動物が対象だ。推察できる範囲に絞って、状況を調べる。容疑をかけられた側も迷惑である。不思議なことにこの絵本は、読者もまた重要な登場人物になっていく。絵本と読者との間の会話が成立している。全ての認識を再検討すること、全ての現象をしっかり見つめることが必要だ。自分の記憶は正しいとは限らない。最終的には自分で自分を疑う力が必要である。きっと真実は隠されている。冤罪の場合は、ちゃんと謝っておこう。
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Posted on 2016/07/25 Mon. 22:22 [edit]

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『ぜったいに、おしちゃダメ?』感想  

(作:ビル・コッター、サンクチュアリ・パブリッシング、2017年)表紙に描かれたこの赤いボタン。土台部分は少しザラザラした感触である。何かあるかもしれないと予感させる。頁をめくるとラリーという紫色の人物が語る。絶対に押してはダメ、考えてもダメだという。ダメと言われれば余計に押してみたくなる。気になるのに考えないということは難しい。葛藤の中で頁をめくる。あなたはどの段階でボタンに触れてしまうだろうか。ルールや規則は私たちの欲望を拘束していく。拘束すればするほど、逆に欲望の存在が大きく見えるのだ。本書は「押した」という設定で話しが進む。欲望は、実に奇妙な形となって発現する。
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Posted on 2018/08/10 Fri. 00:57 [edit]

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