『ちへいせんのみえるところ』感想  

(作・絵:長新太、ビリケン出版、1998年)どんよりとした雲、麦畑のような、海のような地面。ここから何が飛び出すか。男の子の顔。次はどうなるか?男の子が歩く?頁をめくると「でました」残念。象だ。次はどうなるか?ライオンか?頁をめくると火山の噴火。ナンセンスというのはランダムではなく、意味に対する挑戦である。作者は私達の予想を転倒させて笑っている。山だと思っていたらエイ、海だと思ったら飛行船、と続く。質感や匂いや音は削除され、形象だけが、にゅうっと浮かび上がる。男の子は地平線に何もないのが不満であり、そのエネルギーが爆発して、それらを生み出している。
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Posted on 2011/11/25 Fri. 22:01 [edit]

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『ごめんなさい』感想  

(作:中川 ひろたか、絵:長新太、偕成社、1999年)本書では奇想天外、ありえないことが次々と起こる。車が家にあがりこんでごはんを食べる。神社の鳥居が街の中を歩き回る。最後の頁。車や鳥居や掃除機がみんなぺこんと頭を下げて謝る。「ごめんなさい」おそらく本気で謝ってはいない。迷惑をかけたという意識はあるが、半分は楽しんでいる。この微妙な感じが良い。ルールと常識に縛られた真面目な大人は不快になるだろう。しかし人間の人生の最大の目標は、秩序を守ることではなく、秩序を壊してもなお、笑っていられる幸福さにある。溢れる想像力を楽しもう。そう思えば「ごめんなさい」も言える。
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Posted on 2012/03/11 Sun. 10:13 [edit]

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『うそつきのつき』感想  

(作:内田麟太郎、絵:荒井良二、文溪堂、1996年)ダジャレが面白いのではない。ダジャレをとことん描き切ったその爽快感が面白い。やるなら徹底的にやる。無意味なことをあたかも真実であるかのように描く。バカであることを真剣にやる。その姿には感動すら覚える。ヤマアラシが嵐で吹き飛ばされるあたりは、腹がよじれるほど笑えた。多くのダジャレは、うそつきのつきが生み出した世界であろう。彼はたんにダジャレを表現するだけでなく、それを見て読者が笑っているかどうかに関心がある。だから笑わないのだ。彼はその場を共有せずに、家に帰ってこっそり笑う。まさにサービス精神旺盛な芸術家。

Posted on 2013/03/04 Mon. 23:03 [edit]

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『キャベツくん』感想  

(作&絵、長新太、文研出版、1980年)地平線がみえる広い大地。ブタヤマさんは、空腹でキャベツくんを食べようとする。キャベツくんは「ぼくをたべると、キャベツになるよ!」と言う。こんなふうになるんだ。映像が宙に浮かぶ。「ブキャ!」 ヘビが食べたら?タヌキがたべたら?…次々に浮かぶ映像。キャベツくんは急ぎ足、追いかけるブタヤマさん。歩いた分だけ、空間は広がる。空想しているうちは少しだけ空腹を忘れる。最後に、キャベツくんはレストランへ誘う。さらに空間は広がるだろう。空間の広がりこそが長新太の言う「やさしさ」だ。黄色と緑の世界に、ゆったりと風が流れる。
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Posted on 2015/12/11 Fri. 21:24 [edit]

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『ゴムあたまポンたろう』感想  

(作&絵、長新太、童心社、1998年)ポンたろうが山にぶつかって飛んでいく。鬼の角に当たり、バラのトゲに刺さり、オバケの頭、ジャングルの木等。ぶつかっては飛ばされていく。ポンたろうは、縛られたり、埋もれたりするのが嫌いだ。勿論、痛いわけではない。壊れるわけでもない。柔らかな頭にエネルギーを溜め、大きく跳ね上がる。空高く舞い上がり、再び飛ばしてくれる相手を探す。そんな姿を見れば案外みんな協力してくれるものだ。おかげで遠くまで進めた。本書は人生哲学・成功哲学でもある。周囲の力を吸収する柔軟ささえあれば、遥か彼方まで進むことが出来る。世渡り上手だ。
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Posted on 2015/12/11 Fri. 21:25 [edit]

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『うみのしっぽ』感想  

(文:内田麟太郎、絵:長新太、童心社、2013年)お腹を空かした二匹の猫が、魚を獲って食べようとする。犬、狸、熊に追い払われ、海から川、さらに上流の小川まで逃げのびてくる。海から最も離れたこの場所で、猫たちが小川に手を入れるとなんと海魚が飛んできた! 猫たちを助ける話ではない。小川は海のしっぽであり、しっぽに触られた海が、くすぐったくて魚を飛ばしているという大きな視点が最後に浮かび上がる。本書では、猫も狸もそして海も、幼児のように素朴である。ここでは全てを知る者はおらず、皆、断片的な情報しか持ち合わせていない。世の中とはこのようなメカニズムだったりする。
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Posted on 2015/12/11 Fri. 21:26 [edit]

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『わたしのうみべ』感想  

(作・絵:長新太、佼成出版社、2002年)朝の海辺。瓶や貝、さらには様々なものが流れ着く。何かを象徴しているようだ。オバケ(非現実)、傘(天気)、木(山々)、滑り台(子どもの頃の思い出)、花(ピクニックの思い出)、怪獣(動物園の思い出)何も来ないこともあるが、その後は現実的なものが流れてくる。父、靴、三輪車、家… 全て自分の意識の中に潜在的にある概念であろう。忘れたものが、海の向こうからやってくる。あたかも自然の摂理であるかのように。海の向こうには何かがある。そして会話をしながら意識の中で再構成するのだ。人間の記憶はまるで海辺。波の音が聞こえる。
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Posted on 2015/12/21 Mon. 21:42 [edit]

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『うそうさぎ』感想  

(作:谷川晃一、福音館書店、2014年)半分はうさぎだ。うさぎぶた、しましまうさぎ、うさぎとら、等。動物が続くと思ったら、うさぎピカソ、うさぎゆうれい、うさぎじゃんぼ(ジェット機)等もある。うさぎという言葉に別の言葉を加えて、全体として奇妙な言葉にする。さらにそこに無理矢理、映像を添えて、その飛躍ぶりを笑う。うさぎとぶたは異なる存在であるが、あえてくっつけてみると一つの不思議な存在となる。なんだか気持悪いようで不思議な味もある。アイデンティティとは人間の内側から一個の塊として登場するのではなく、実際には多様な観点が複雑にまじりあったものである。
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Posted on 2015/12/29 Tue. 21:35 [edit]

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『ごろごろにゃーん』感想  

(作・絵:長新太、福音館書店、1984年)おそらく本書は、自宅でゴロゴロしている飼い猫が見た昼寝の夢であろう。猫だって夢を見る。飛行機で旅行する夢だ。巨大な魚の形をした飛行機に乗り、おいしい魚を食べる。追いかけてくる犬を斥け高く飛ぶ。読者は場面の展開に合わせて文章が変化すると予想するが、最後まで殆ど文章は変わらない。すなわち「ごろごろにゃーん」という音は、おそらくこの夢を見ている猫の声だ。飛行機がクジラに襲われている時だって夢見る猫は幸福な気持ちである。本書に登場するのは飼い主の部屋のポスター等であろう。最後は飼い主の姿が見えてきて旅行を終える。
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Posted on 2016/03/17 Thu. 21:51 [edit]

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『とらのゆめ』感想  

(作・絵:タイガー立石、福音館書店、1999年)とらが見る夢。人間とトラでは、見ている風景も、色も、匂いも、全てが違う。それゆえ夢も違うはず。本書はまるでダリ。このトラはどういうトラであるか。おそらく動物園のトラではなく、平原をのんびり暮らす野生のトラであろう。寂しいという気持ちはない。ここではトラの表面はスイカ色である。スイカはアフリカ原産だが、だるまは中国である。どこのトラであろうか?おそらくトラは自分の身体と同じ縞模様を見て深い印象を受けたのであろう。階段や白髭の男が登場するところを見ると、僅かながら人間と接触していると思われる。不思議な絵本だ。
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Posted on 2016/03/27 Sun. 20:45 [edit]

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