『あな』感想  

(作:谷川俊太郎、絵:和田誠、福音館書店、1983年)地面が不思議だから。体を動かしたいから。楽しそうだから。世界が作れそうだから。おそらく全ての理由が正しい。理由は一つではない。一見不可解な行為に見えるが、大人の遊びも基本的には変わらない。他人から見れば無駄なことが多いのだ。穴を掘るひろしに対する周囲のまなざしが温かい。へとへとになるまで努力したものはまさに「自分自身」である。私達はこうやって自分自身の存在を確認する。本サイト(読書メーター)も同じかもしれない。最後に、ひろしがあなを埋めるのは、気持ちが十分に満たされ、これまで以上に大きくなったから。
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Posted on 2012/03/01 Thu. 20:54 [edit]

category:   1) ここは私の居場所

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ひがしちから『ひみつのばしょ』感想  

(作・絵:ひがしちから、PHP研究所、2010年)公園のしげみに隠れてふと思う。向こうからは見えないがこちらは見える。この素敵な場所は私の空間だ。ここで生活もできる。紅葉の季節にはたくさんの木の実。雪景色になればふかふかのベッド。春になれば動物たちを呼んでパーティ。そんな女の子の世界が描かれる。美しいカラフルな世界だ。まさに隠れ家とは自分自身を再確認し、安心と自信を膨らませる空間である。その感覚は大人にだってある。自分の気持ちが満たされたから、この場所でパーティをしようと思う。みんなを呼ぼう。ただ、残念だが親はこの世界へ入れない。子どもの自立の第一歩だ。
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Posted on 2013/06/10 Mon. 00:00 [edit]

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『うさぎのおうち』感想  

(作:マーガレット・ワイズ・ブラウン、絵:ガース・ウィリアムズ、訳:松井るり子、ほるぷ出版、2004年)春になり、うさぎは自分の家を探す。どこにしようか。ひなどりやかえるは自分の家がある。そこはどうだろう。うさぎには不向き。白いうさぎと出会う。そこはぴったりだった。家は、自分自身の生活や身体に合わせて決めるとよい。ぴったり適合したサイズや空間こそが最も落ち着く場所である。おそらく真冬であれば、温かい場所に隠れるしかない。春になり、景色が豊かになり、多くの動物たちが登場したからこそ、その広い世界の中で一つの場所を自由に選ぶということが可能になる。白うさぎとケンカをすれば、別の場所を探そう。私たちは自由である。
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Posted on 2016/02/16 Tue. 21:42 [edit]

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『アンガスとあひる』感想  

(作・絵:マージョリー・フラック、訳:瀬田貞二、福音館書店、1974年)何でも知りたがりの犬アンガス。少し離れたところにアヒルがいる。変わった鳴き声だ。アンガスはそのアヒルに、ちょっかいを出す。私たちは他者の私生活を覗いたり、からかったりする。それはたんなる興味本位だ。彼らには彼らの生活がある。不必要に介入するべきではない。本書でアンガスは、アヒルの逆襲を受けて、逃げ帰る。そこでじっと隠れてみる。そこでおそらくは「遠慮」ということを学んだに違いない。知りたがりであることはよいが、もっと重要なことを知るべきだ。例えば自分の飼い主について。色頁と白黒頁は不思議な雰囲気を醸し出す。
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Posted on 2016/03/18 Fri. 21:55 [edit]

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『まちのねずみといなかのねずみ』感想  

(作:戸田和代、絵:尾崎真吾、フレーベル館、1996年)都会の鼠が田舎の鼠に会いに行く。田舎の鼠は彼に食べ物をご馳走する。しかし都会の鼠にとっては食べ物が不満。今度は都会の鼠が田舎の鼠を招待することにした。ところが都会では食べ物は美味しいが、襲われることも多くて落ち着けない。田舎とは自然と共生しながら生きる場所であり、都会とは便利や快楽を追求し、派手な文化や物質的豊かさを享受する場所だ。田舎は都会に、都会は田舎に憧れる。ライフスタイルが異なるため、お互いの生活を体験してみると、不満で耐えられなくなるだろう。本書のようにお互いを行き来する経験はとても大切である。
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Posted on 2016/03/19 Sat. 07:10 [edit]

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『はやくはやくっていわないで』感想  

(作:益田ミリ、絵:平澤一平、ミシマ社、2010年)主人公の小舟は、速く進めない。他の巨大な船や魚たちが追い抜く。ぐずぐずしていると言われるが、休憩しているのだ。他者と比較されると、小さくなってしまう。能力やペースは異なる。引っぱったり、押したり、笑ったりしないで欲しい。本書はそんな小舟の願いを示す。ペースが異なる者同士がともに生活するのだから、速い方はなぜそんなに遅いのかと思うし、遅い方はなぜそんなに急ぐのかと思う。実はどちらも不満なのだ。遅い方に合わせれば良いという単純な問題ではないし、世界を住み分ければ良いという問題でもない。人類普遍の課題の一つだ。
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Posted on 2016/04/19 Tue. 21:30 [edit]

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『はっぱのおうち』感想  

(作:征矢清、絵:林明子、福音館書店、1989年)女の子が外で遊んでいると雨が降る。草むらの中に隠れる。ここでは葉が屋根となっているから平気だ。カマキリもやってきた。最初は拒否したり、あっちを向くよう求めたりする。コガネムシや蝶などもやってくる。狭いこの空間に多くの客がいると不便だ。しかし女の子は後から来た客を受け入れる。さらに蟻に対しては休んでいくことを勧める。女の子は、当初は緊急避難所という意識だったが、時間がたつにつれて自らの住居という意識に変わったのであろう。大変だと思っている時には他者を受け入れる余地はない。安心だという思いが、人を大きくする。
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Posted on 2016/07/02 Sat. 21:52 [edit]

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『ぼくにきづいたひ』感想  

(作:杉山亮、絵:片山健、理論社、1995年)親たちに連れられて神社へ向かう。子にとっては退屈な時間。気持ちが乗らない、曖昧な時間が描かれる。ぼんやりしていて、心が動かない時間。しかし突然、音や匂いや、周辺の世界がリアリティを帯びて感じられる。以前の記憶が蘇る。過去に記憶している深い感動と、今自分がここで体験している感動が同一のものだという自覚。自分がここに存在するという感覚である。感動というのは、自分の中身が大きく揺さぶられる感覚だ。揺さぶっているのは外界である。自分が壊れるからこそ自分に気づく。自分という地点によって、周囲の全てに感動できるのだ。
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Posted on 2019/06/29 Sat. 22:03 [edit]

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