『おじいちゃん』感想  

(作・絵:ジョン・バーニンガム、訳:谷川俊太郎、ほるぷ出版、1985年)女の子とおじいちゃんの二人の時間。印象的な言葉だけが描かれる。それゆえ読者は前後の文脈を想像して読むことが必要だ。二人は時間の感覚が異なっているのだから、会話はぎこちなく、かみあわない。言いたいことを言い、独り言のようになる。むしろ自然な関係だ。ただ空想の世界へ入れるという点で二人は共通する。あらゆる場面で死が暗示され、しだいに死へと近づくおじいちゃん。急速に成長する女の子。そして訪れる静かな死。ベビーカーをおして走る女の子。兄弟が出来たのだ。死の後に、生が描かれる。絵本全体は女の子の回想か。美しい風景。
スポンサーサイト



Posted on 2011/12/21 Wed. 22:00 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

thread: 絵本 - janre: 本・雑誌

tb: 0   cm: 0

『ばすくん』感想  

(作:みゆきりか、絵:なかやみわ、小学館、2007年)お客さんの笑顔を見るのが幸せな路線バスの話。ついに古くなり、山奥のバス会社に売られる。さらにその後、森の中で捨てられてしまう。これは不法投棄である。しかし本書を純粋にファンタジーとして読んでみよう。解体は死、放置は延命である。それを素直に喜ぼう。後に、動物たちが集まり、バスに乗る。バスくんは再び幸せを得る。私達はここに人生の老いを重ねて読むことが出来る。一度現役を引退し、誰からも必要とされなくなった。しかし次は第二の人生が始まるのだ。表紙のバスくん。行先は「こころ行き」バスが最後に到着するのは温かい心か。

Posted on 2013/05/09 Thu. 00:05 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

thread: 絵本 - janre: 本・雑誌

tb: 0   cm: 0

『だいじょうぶ だいじょうぶ』感想  

(作・絵:いとうひろし、講談社、1995年)祖父と僕の大切な時間。祖父と一緒だと世界が広がる。同時に恐怖も訪れる。祖父は様々なことを教えてくれる。距離の取り方、危険や危機の実際の頻度等である。「だいじょうぶ」という声かけは、お題目のように唱えるのではない。問題は解決するのであるから必要以上に脅えなくてもよいということだ。でんと座っていればいい。楽しいことはいくらでも見つかる。…祖父が死に近づいた時、今度は僕が声をかける。僕の言葉「だいじょうぶ」には明確な根拠はない。しかし祖父は、少年が立派に成長し、祖父の生きた証を強く残していると実感できるだろう。
15(02)03.jpg

Posted on 2015/12/16 Wed. 22:22 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

tb: 0   cm: 0

『はじめての やまのぼり』感想  

(作:美智子、絵:武田和子、至光社、1991年)兄と妹が山に登る。まるで昭和初期の教科書だ。山は平坦で、なだらか。植物の状況からしてかなりの高山に見える。そのわりには軽装だ。二人は山の麓までどうやってきたのか。日本の自然には見えない。ここには、事故や危険、困難や葛藤、等の全てが捨象されている。静かでのべーっとした風景が続く。毒を抜き去った絵本は、かえって美しさや感動から離れてしまう。つるんとしていてキモチワルイ。二人の会話も笑みも、どことなく不気味だ。これは死を間近にした人間が見ている夢ではないか。戦前生まれの世代は懐かしい思いに浸れるのかもしれない。
15(02)04.jpg

Posted on 2016/01/30 Sat. 22:12 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

tb: 0   cm: 0

『くものこどもたち』感想  

(作・絵:ジョン・バーニンガム、訳:谷川俊太郎、ほるぷ出版、1997年)4人家族で登山。少年アルバートが崖から転落。かなりの高さだ。その間に、アルバートは「雲のこどもたち」と出会っていた。アルバートは、雲の世界に引き込まれ楽しい時間を過ごす。重力から解放され、こどもたちは楽しそうだ。広い大空の中、ぽつんと浮かんだり、飛行機に吹き飛ばされそうになったりする。本書は写真と絵の合成であるが、現実性は感じない。かえって幻想性が強調される。アルバートは再び現実世界に戻ってくる。まるで臨死体験。あのこどもたちもまた、どこかで命を落とし雲の上で遊んでいるのだ。アルバートを呼ぶ声が聞こえる。
15(02)05.jpg

Posted on 2016/02/28 Sun. 21:52 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

tb: 0   cm: 0

『おばあちゃん』感想  

(作:谷川俊太郎、絵:三輪滋、ばるん舎、1981年)介護が必要なおばあちゃん。子どもからの目線で描かれる。赤ちゃんと似ているが違う面もある。母親はつい怒ってしまう。父親は母親に怒る。父親にとっておばあちゃんは母親であり、大切な人である。おばあちゃんは、多くの思い出を忘れている。子どもには宇宙人に見える。これらは残酷な現実に見える。では、何が残酷なのであろうか。コミュニケーションが成立していないという点か。その先に希望が見えないという点か。死への道は、誰も逃げることができないという点か。本書は、その中で、一歩でも前に進もうと模索する子どもの姿が描かれている。
15(02)06.gif

Posted on 2016/03/29 Tue. 21:04 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

tb: 0   cm: 0

『ヤマダさんの庭』感想  

(作:岡田淳、BL出版、2010年)ヤマダさんは孤独。ある日、自宅に庭があることに気づく。庭に出ると人魚ルルがいた。昔、助けたことも、遊んだこともある。記憶を思い出す。昔の縁のある人々と再会する。ライオンはヤマダさんに昔のお礼を言う。物語と現実が混同する。昔やりかけていたことや、やりたかったことを思い出す。おそらく本書は、病床にあってまもなく死を迎える人が、忘れていた記憶をたどる話であろう。人は自分が思うほどには孤独ではない。様々な思いを抱いて生きてきた。きれいに完結して死を迎える人はいない。皆、中途半端なところで終える。なぜか泣けてくる。
15(02)07.jpg

Posted on 2016/03/29 Tue. 22:29 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

tb: 0   cm: 0

『だいじょうぶだよ、ゾウさん』感想  

(作:ローレンス・ブルギニョン、絵:ヴァレリー・ダール、訳:柳田邦男、文溪堂、2005年)子どもの鼠と、年老いた象の出会い。鼠は新しいことに積極的であるし、明るい。象の仲間たちは皆、ゾウの国へ行ってしまった。あそこへ行ったらもう戻れない。ゾウの国へ行くためには吊り橋を渡らなければならない。ところが吊り橋は壊れている。深い谷に落ちてしまいそうだ。鼠は決死の覚悟で吊り橋を修理しようとする。おそらく鼠は、ゾウの国が「死」を意味すると知っている。安らかな最後を迎えられるように思案する。鼠がそう思うのは、象が仲間だから。それだけではない。まもなく死ぬであろう相手を前にすれば、誰だって優しく接するものだ。
15(02)08.jpg

Posted on 2016/04/07 Thu. 21:24 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

tb: 0   cm: 0

『きかんしゃ やえもん』感想  

(作:阿川弘之、絵:岡部冬彦、岩波書店、1959年)新型車両が増えてきた。蒸気機関車のやえもんは、長い間働いてきてボロボロ。役立たずと言われ、他の列車に嘲笑されながらも仕事を全うしようとする。不満と怒りが込み上げてくる。しばらくして鉄道員たちは彼を解体して屑鉄にすることを決めた。前半では嘲笑していた他の車両も、最後はかわいそうに思うようになる。本書は人生の後半、老いてもなおプライドを守ろうとする姿を象徴している。身体的機能は衰えていく中で、自分の信念や誇りを守り続けるのは難しい。人生の最後をいかに生きるかは重くて深いテーマである。なお本書はハッピーエンド。
15(02)09.jpg

Posted on 2016/04/20 Wed. 21:18 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

tb: 0   cm: 0

『バニラソースの家』感想  

(作:ブリット・ペルッツィ、アン・クリスティーン・ヤーンベリ、絵:モーア・ホッフ、訳:森信嘉、今人舎、2006年)祖母は、孫の名前を忘れることもある。しかし孫はそんな祖母が好きだという。老人ホームへ引っ越し。祖母はその家をバニラソースと名付ける。世話をされるのが嫌になったり、黒っぽいじゅうたんを怖がったりする。さっきのことは忘れ、大昔のことは思い出す。祖母の世界観はしっかりしているのだ。孫は、祖母とうまく会話が出来る。祖母はうるさくいわない。その距離感がちょうどいい。祖母は自分が病気であることを理解しているようだ。悲しみ、怖くなる。孫との出会いは、新しい記憶であり、新しい感情である。周囲は大変だが、祖母は幸福である。
15(02)10.jpg

Posted on 2016/05/09 Mon. 21:46 [edit]

category:   2) 死期を感じる時

tb: 0   cm: 0

プロフィール

カテゴリ

最新記事

最新コメント

お客様

検索フォーム

リンク


▲Page top