『友だちのほしかった大おとこの話』『友だちのほしかったネズミの話』感想  

(作・絵:アンネゲルト・フックスフーバー、訳:たかはしようこ、偕成社、1986年)バルトロは巨人。見かけは強そうだが、気が小さい。それゆえ友達がいなくて孤独だ。勇敢なネズミがいた。見かけは弱そうだが、気が強い。それゆえ友達がいなくて孤独だ。本書は、二人の物語が中央で出会う。はたして二人は友達になれるであろうか。どんな会話になるであろうか。読者はその先を自由に想像してよい。二人は正反対のように見えるが、ギャップがあるという点では共通する。コンプレックスを抱えるという点では全ての人間に共通するであろう。友達とは何か。自分の弱さを補完し合うものか。あるいは新しい変化や可能性を切り拓くものか。


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Posted on 2011/10/25 Tue. 21:38 [edit]

category:   1) 出会い 友達の予感

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『コッコさんのともだち』感想  

(作・絵:片山健、福音館書店、1991年)自分と似た相手を探して近づこうとするのは、おそらく自分の気持ちを共感してくれると思うから。同じ気持ちで同じ遊びが出来れば楽だ。一人は何かと心細い。しかしその相手とケンカになることもある。「同じであって欲しい」という思いがあるため、その違いは怒りに変わる。ケンカをした後、コッコさんたちは再び一人に戻るわけではなかった。友達と一緒に遊ぶ楽しさを理解してしまったのだ。最後はみんなで一緒に遊ぶ。それは二人の同類的な遊びと違う。多くの異なる相手と同じ世界を共有するという遊びだ。何気ない光景に子どもの成長が光る。

Posted on 2012/01/14 Sat. 22:05 [edit]

category:   1) 出会い 友達の予感

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『おんなじ おんなじ』感想  

(作・絵:多田 ヒロシ、こぐま社、1968年)豚のぷうと兎のぴょんはそっくり。背丈、服装、表情、靴など。よく見ると微妙に違う。読者はいくつ発見できるだろうか。持っている玩具も同じ、帽子の中の蛙も同じ。ポケットの中から出したものは… 違っていた。等しいという概念は先験的に成立する。自分と瓜二つの相手を見つけると、なぜか嬉しくなる。私たちは、同じ感性や問題意識を持つ相手と、共に悩んだり考えたりしたいのだ。一方、中身は異なっているのに、服装だけが同じだったりすると困惑する。本書は類似した二人が近寄っていき、いくつかの差異を発見し、友達になっていく姿を描く。
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Posted on 2013/03/13 Wed. 01:01 [edit]

category:   1) 出会い 友達の予感

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『ともだちがほしいの』感想  

(作:柴田愛子、絵:長野ヒデ子、ポプラ社、2004年)ふうこは引っ越した先の保育園でひとりぼっち。「まいごみたい」は名言だ。同じ場所にいるのにみんなと意識を共有していない。寂しいというよりは苦しい。他の子が話しかけてきてもふうこは断ってしまう。怖いから。周囲からの働き掛けで前に出るのはいやだ。自分のタイミングで、自分の意識で前に踏み出したいのだ。母親の提案を「押しのける」姿は、まるで自立に向けた一歩。後半ではみんな友達になれる。遊び「はないちもんめ」は、象徴的だ。「いらない」と言われれば悲しいが、「いる」と言われれば嬉しい。怖いからこそ面白いのかもしれない。
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Posted on 2015/11/22 Sun. 17:30 [edit]

category:   1) 出会い 友達の予感

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『とんことり』感想  

(作:筒井頼子、絵:林明子、福音館書店、1989年)かなえは自然いっぱいの街に引っ越してきた。とん ことり。郵便受けに何かが入る。すみれ、たんぽぽ。誰だろう。引越はなにかと不安である。かなえは友達が欲しい。家の近くには商店街も幼稚園もあり、少しずつ安心する。とん ことり。今度は手紙だ。とん ことり。次は折り紙だ。ついにかなえはその相手を知る。近所の女の子だった。一瞬で友達になれそうな気がする。ビビッとくる感覚は読者にも伝わる。最後の頁、二人で楽しく遊ぶ。かなえは子どもだけの自由空間を手にしたのだ。温かい空気感がよく伝わる。読者は、幼き日々を想起するだろう。
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Posted on 2015/11/22 Sun. 17:30 [edit]

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『あらしのよるに』感想  

(作:きむらゆういち、絵:あべ弘士、講談社、1994年)嵐の夜。山羊は壊れかけた山小屋に潜り込む。鋭い牙をもつ狼もまた山小屋に潜り込む。お互いの姿を見ることなく、相手が誰だか知らないまま会話が進む。両者とも気が弱く、いい友達になれそうだという。嵐が過ぎ去り、山羊と狼はお互いを確認し合うことなく、今度また会う約束をして離れる。…本書は、ドキドキハラハラという要素だけでなく、山羊と狼が心を通わせる過程を描く。読者も作者も、続きが気になるところだが、続編を作るのではなく、この先は読者に委ねる方がいいと思う。あるいは最後に狼が山羊を食べてしまう方が、理にかなっている。
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Posted on 2015/12/23 Wed. 22:22 [edit]

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『アンジュール』感想  

(作:ガブリエル・バンサン、BL出版、1986年)捨てられた犬。行くあてもない。ただ、歩いてゆく。車同士が衝突して大参事である。遠くからその様子を眺める。時間だけが過ぎていく。茫然と立っている犬の後ろ姿から、犬の表情や心境さえも読み取れる。人々の生活エリアに向かい、食べ物を探す。あっちへ行けと追い払われる。時間が過ぎていく。それでも歩く。そんな時、一人の少年と出会う。…本書は文字が無い。鉛筆で殴り書きしたかのようなデッサンでありながら強烈な印象を与える。読者はそこに広大な草原や美しい海岸をイメージできる。断片的な絵本は、読者の頭の中で美しい映画に変わる。
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Posted on 2016/01/07 Thu. 22:30 [edit]

category:   1) 出会い 友達の予感

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『しらないいぬがついてきた』感想  

(作・絵:小林与志、鈴木出版、2003年)昭和の頃には野良犬がたくさんいた。犬がついてくる。けっこう大きな犬だ。にげても、かくれても、ついてくる。この時の少年はどんな心境だろう。困っているのだが、しかし嬉しい気持ちも少しある。世話をしてあげたい気持ちもある。犬は少年に何を求めているのだろう。犬は人間の気持ちが良く分かる。こちらが怖がれば犬は吠える。本書で描く出会いは、一目惚れに近い。少年が迷子になった際は、犬が教えてくれた。セピア色の風景の中、ゆったりとした時間が流れる。ペンキと石炭の臭いがする。隙間のような空間で、子どもは人生経験を重ねるのだ。
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Posted on 2016/01/07 Thu. 22:31 [edit]

category:   1) 出会い 友達の予感

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『どこにいるの? どうしてかなしいの?』感想  

(作・絵:マイケル・グレイニエツ、訳:ほそのあやこ、ポプラ社、1999年)女の子がテディベアを無くす。公園を探してやっとみつける。悲しそうな顔の男の子と出会う。一つの絵本はここまで。もう一つの絵本が反対側からスタートする。男の子が、公園で放置されているテディベアを見つける。持ち帰り、なんとか喜ばせようとする。仕方なくもとの公園に戻した。その後、女の子がテディベアを見つけた。二つの物語が絵本の中央で出会う。それは二人の出会いでもある。視点によって見る風景や気持ちが異なる。出会いとは、二つの視点から一つのもので交わることだ。まさに偶然であり、奇跡である。それゆえ出会いは大切なのだ。
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Posted on 2016/02/05 Fri. 21:34 [edit]

category:   1) 出会い 友達の予感

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『さびしいは さびしくない』感想  

(作:内田 麟太郎、絵:田頭よしたか、教育画劇、2002年)クマとウサギは仲良し。丘の向こうにタヌキがいる。一緒に遊ぼう。しかしタヌキは拒否する。さびしくない、あそばないと答える。それが二人には本音ではないと感じられた。彼が本音を言っているのか、本音を隠すために反対のことを言っているのか。判断が難しいこともある。「いやよいやよも好きのうち」は極端だが、相手の言葉をそのまま受け止めるのではなく、その背景や意味を知ろうとする姿勢は大切である。少しくらいゴーインに声をかけてもよい。本当に嫌なのであれば、その後分かるはず。相手に声をかける力がなければ、関係は構築できない。
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Posted on 2016/03/11 Fri. 21:47 [edit]

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