『ぼくは、くまのままで、いたかったのに』感想  

(作:イエルク・シュタイナー、絵:イエルク・ミュラー、訳:おおしまかおり、ほるぷ出版、1978年)クマは気がつくと工場労働者と間違えられ、自分が人間だと思い込む。工場をクビになり森へ解放されてもなお、自分のことを思いだせない。本書は、間違えられてかわいそう、自分を強く持て、という話ではない。アイデンティティとは他者とのかかわりの中で常に上書きされる。お父さんと呼ばれ続ければお父さんになり、課長と呼ばれ続ければ課長になる。本当の自分など、誰も知らないのだ。一人冬眠するのにクマというアイデンティティは不要だ。本書が描く最も怖いものは、利潤を得るために一切の自然を破壊し、人間をロボット化していく資本主義だ。
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Posted on 2011/11/12 Sat. 21:40 [edit]

category:   2) 最も私らしい私

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『ことば』感想  

(作・絵:五味太郎、架空社、1993年)人間の発する言葉を文字ではなく、吹き出しの色と形で表現する。子どもが三輪車に乗り、気持ちよく歌っている、そこへ他の子が来てストップをかける。言葉には気持ちを表現するだけでなく、相手を止めたり動かしたりする力もある。人は傷付けたり、泣いたり、怒ったりする。それが言葉として現れる。子どもたちが自慢話をする。話は膨らむ。そこに1人の子がラジコンを持参。みなが言葉を使わなくなってしまう瞬間だ。なるほど。言葉は目の前に存在しないものを表現することでこそ豊かに変化していく。実物はインパクトがあるが、言葉を貧相にする。
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Posted on 2012/01/22 Sun. 21:58 [edit]

category:   5) 人間とは何か

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『あな』感想  

(作:谷川俊太郎、絵:和田誠、福音館書店、1983年)地面が不思議だから。体を動かしたいから。楽しそうだから。世界が作れそうだから。おそらく全ての理由が正しい。理由は一つではない。一見不可解な行為に見えるが、大人の遊びも基本的には変わらない。他人から見れば無駄なことが多いのだ。穴を掘るひろしに対する周囲のまなざしが温かい。へとへとになるまで努力したものはまさに「自分自身」である。私達はこうやって自分自身の存在を確認する。本サイト(読書メーター)も同じかもしれない。最後に、ひろしがあなを埋めるのは、気持ちが十分に満たされ、これまで以上に大きくなったから。

Posted on 2012/03/01 Thu. 20:54 [edit]

category:   1) ここは私の居場所

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ねえ、どれがいい?』感想  

(作・絵:ジョン・バーニンガム、訳:松川真弓、評論社、2010年)多くの選択肢が向けられる。家の周りが変わるとすれば、大水、大雪、ジャングル、どれがいい?象にお風呂の水を飲まれる、豚にズボンを履かれる、等、どれがいい? 奇想天外で笑える。本書はバカバカしい選択肢に優しい絵が付けられる。この雰囲気がいい。私達は選択肢を前にすると一つの決定を下す。おそらく決定の後に、様々な理由をこしらえていく。それゆえ中身のある人間になるためには、幾多の重大な場面で決定の機会を持つとよい。最後の問い「どこでなら迷子になってもいい?海の上、砂漠、森の中、ひとごみ。」ひとごみの迷子は最も怖い。
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Posted on 2012/05/01 Tue. 21:11 [edit]

category:   5) 人間とは何か

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『けっして そうではありません』感想  

(作・絵:五味 太郎、リブロポート、1992年)角砂糖の近くに蟻がよっていけば、その角砂糖を食べに来ているのだと思う。しかし「そうではありません」と五味は言う。花の下で待ち合わせをしているのだと。人間は動物や虫の行動をみて、その行動の意味や目的を読み取る。しかし実際に彼らに聞いたわけではない。動物や虫たちにはその小さな世界があるはずだ。人間の解釈を押し付けてはならない。私達が女性に花束をプレゼントするのは生殖目的ではなく、幸せな気持ちになりたいから。私達の知る能力には限界があることを知ろう。彼らの本当の気持ちを想像する時、私達は豊かな心を手にする。

Posted on 2012/12/26 Wed. 20:41 [edit]

category:   2) 最も私らしい私

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『おこる』感想  

(作:中川ひろたか、絵:長谷川義史、金の星社、2008年)子どもはよく怒られる。「なぜ自分は怒られるのか」という問いは、怒られたくないという不満から来る。寝坊、ピーマン残す、兄弟げんか、宿題忘れ、様々な場面を思い出す。怒られるのは嫌だ。私達は怒られないように生きようとする。結果的に孤独な人生を目指してしまう。本書の主人公は、その先へ目を向ける。「なぜ人は怒るのだろうか」…その問いは哲学的探究だ。よく考えれば自分だって怒ることがある。怒るのは「こうありたい」「こうなってほしい」という気持ちがあるからだ。かかわろうという気持ちは大切。ただし怒っても気持ちは晴れない。
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Posted on 2013/02/11 Mon. 14:02 [edit]

category:   3) 人間の素直な感情

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ひがしちから『ひみつのばしょ』感想  

(作・絵:ひがしちから、PHP研究所、2010年)公園のしげみに隠れてふと思う。向こうからは見えないがこちらは見える。この素敵な場所は私の空間だ。ここで生活もできる。紅葉の季節にはたくさんの木の実。雪景色になればふかふかのベッド。春になれば動物たちを呼んでパーティ。そんな女の子の世界が描かれる。美しいカラフルな世界だ。まさに隠れ家とは自分自身を再確認し、安心と自信を膨らませる空間である。その感覚は大人にだってある。自分の気持ちが満たされたから、この場所でパーティをしようと思う。みんなを呼ぼう。ただ、残念だが親はこの世界へ入れない。子どもの自立の第一歩だ。
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Posted on 2013/06/10 Mon. 00:00 [edit]

category:   1) ここは私の居場所

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『わたし』感想  

(作:谷川俊太郎、絵:長新太、福音館書店、1981年)言葉は、絶対的存在としての自分を中心にしてではなく、他者との相対的な関係で形成されていく。わたし。あなた。大人になると呼称は増えてくる。父であり、夫であり、職員であり、客であり、住民である。名前は、彼の言動をも決定し、そこから逸脱すれば問題視される。「それでも父か?」と。たまには全て忘れて変身したくもなる。私たちは、ひとくくりにして呼ばれることもある。それは暴力的だ。大衆の中の一人になり、個性を失うこともある。一人ひとりが存在感を持つためにはどうすればよいか。橙と黄の長新太の絵は強烈な問題提起となる
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Posted on 2013/06/29 Sat. 22:46 [edit]

category:   2) 最も私らしい私

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『ないた』感想  

(作:中川ひろたか、絵:長新太、金の星社、2004年)人は様々な場面で涙を流す。それらを分類したり整理したりすることも可能だが、「泣くこと」に共通する仕組みは何か。自分という入れ物を激しく揺さぶられた時に泣く。ということは、涙を流す瞬間とは、自分自身が大きくなったり、成長したりするチャンスだと言えるのではないか。そんなことを考えさせてくれる絵本。
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Posted on 2014/03/02 Sun. 23:44 [edit]

category:   3) 人間の素直な感情

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『わたしのワンピース』感想  

(作:西巻茅子、こぐま社、1969年)真っ白のワンピース。お花畑に行けば花模様、雨が降れば水玉模様、小鳥が集まれば小鳥の模様、虹に向かって飛べば虹模様。「わたしににあうかしら」と投げかける。美しい風景を切り取り、それに手を加えて身に纏う。全てお似合いだ。まさしくこれを「おしゃれ」と呼ぶ。このような能力に欠ける者が、それでもなお目立とうとしてブランド物や茶髪やアクセサリーで誤魔化そうとする。本書でうさぎは、服装を変えるとともに、気分や性格をも変えていくようだ。アイデンティティの欠落ではなく、逆に広い心をもった豊かなアイデンティティに見えてくる。
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Posted on 2015/12/14 Mon. 21:56 [edit]

category:   2) 最も私らしい私

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