『せかいいち おおきな うち』感想  

(作・絵:レオ・レオニ、訳:谷川俊太郎、好学社、1969年)ちびのかたつむりは、大きなうちを手に入れる。角の飾りと派手な模様。どうだ!すごいだろう?しかしうちが大きすぎて移動できなくなる。ちいさいままであれば、どこへも行ける。この話は身の丈にあった生き方を奨励しているのではない。自分の姿が美しくなるか、美しい世界を旅できるか、どっちがよいかと問うている。自意識にとらわれると、人は自由な思考や変化を楽しめない。巨大な殻の中の彼は、自分は美しいと思い込んでいる。しかし周りはそうは思っていない。つまり自己満足なのだ。なんだかとてもむなしい。読み手の人生を揺さぶる名著だ。
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Posted on 2012/04/01 Sun. 17:35 [edit]

category:   1) 自己の誇示

thread: 絵本 - janre: 本・雑誌

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『ちいさな くれよん』感想  

(作:篠塚かをり、絵:安井淡、金の星社、1979年)本書では、黄色のクレヨンが最後まで黄色のクレヨンであろうとする。ゴミ箱から抜け出して靴や玩具を黄色に塗る。まっすぐな気持ちで奉仕し、悲しみは見せずに死んでいく。そんな姿を見て「美しい死に方だ」と感激してよいのだろうか?この姿をモデルとして子どもに見せてよいか?それは怖いことではないか?黄色のクレヨンが赤色のクレヨンに憧れるとか、死にたくないと逃亡するとか、あるいは黄色でないものを黄色に塗ってしまうとか、そういうはみ出し方、目的からの逸脱があってこそ人間である。そっちの方に人間としての美しさを感じる。
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Posted on 2013/02/26 Tue. 00:10 [edit]

category:   4) 幸福とは

thread: 絵本 - janre: 本・雑誌

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『花さき山』感想  

(作:斎藤隆介、絵:滝平二郎、岩崎書店、1969年)10歳のあやが自分よりも妹のことを優先する。にもかかわらず周囲の大人たちは誰も気づかない。声をかけない。子どもの気持ちに寄り添うこともない。みんな生活のことでいっぱいだ。本書は基本的には「いい話」ではなく「悲しい話」だ。村人の日常生活から離れた存在であるやまんばは、子どもの心が分かる。だからあやを見ると、お前がいいことをするたびに、ここにきれいな花がさくのだと声をかける。すまないねという心境も含まれる。みんなのために頑張るという美しい姿と花や山河の美しい自然が連動している。悲しい話を美しい自然が包み込む。
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Posted on 2014/11/15 Sat. 23:05 [edit]

category:   4) 幸福とは

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『こぶじいさま』感想  

(作:松居 直、絵:赤羽末吉、福音館書店、1980年)鬼とは怖い存在だ。ただし無邪気で気分屋なところもある。山中で夜を明かすことになったじいさまは、鬼たちの踊りを前に、つい自分も踊り出てしまう。じいさまと鬼は、自己利益ではなく、楽しいかどうかを最優先にする。鬼は、明日も来いという意味でその大きなこぶを取り上げた。それを聞いた二人目のじいさまが、自分もこぶをとってもらおうと山中へ向かう。二人目のじいさまはこぶが邪魔。鬼は怖くない。「こぶとり」のために鬼を利用しようとする。近代的な合理主義者だ。彼は踊りが下手というだけでなく、踊りを楽しめない。鬼に嫌われたのだ。
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Posted on 2014/12/11 Thu. 21:34 [edit]

category:   1) 自己の誇示

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『ラリーはうそつき』感想  

(作:クリスティアーネ・ジョーンズ、絵:クリスティン・バトゥーツ、訳:つちやあきら、辰巳出版、2013年)「この公園は僕が作った」「僕はここにある本全部読んだ」「僕は湖の向こう側まで泳げる」等とラリーはウソをついてしまう。へーっという周囲の感心する姿が嬉しいのかもしれない。彼としては、面白く楽しくして表現しているつもりだ。彼は架空の物語を作るのも好きである。問題はウソをつくことそのものではない。そのウソで、誰も喜んでいないことにラリーが気づいていないのが問題なのだ。出来ないことを出来ると自慢したところで誰も楽しめない。自分の姿を大きく見せたり強く見せたりするよりも、素直な自分をさらけ出した方が魅力的に見える。
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Posted on 2015/12/12 Sat. 21:37 [edit]

category:   1) 自己の誇示

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『どうだいかすだろ!』感想  

(作:アンソニー・ブラウン、訳:山下明生、あかね書房、1985年)ジェレミーは、サムに対して、自転車、サッカーボール、お菓子等を自慢する。自慢げな表情。一方サムは、特に羨ましがるわけではなく平然としている。ジェレミーは最後には失敗する。本書は基本的な物語以外に多くの不思議なものが描かれる。それらはおそらくサムの空想であろう。窓の奥には変なものが潜んでいる。犬の散歩やゴルフの姿は、魚釣りを連想させる。洗濯物を見ればそこから様々なものを連想する。サムは世界やその空想を楽しんでいるのだが、ジェレミーは自分を誇示することばかりに関心がある。サムからすればジェレミーの姿は滑稽だ。
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Posted on 2015/12/12 Sat. 21:38 [edit]

category:   1) 自己の誇示

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『うそ』感想  

(作:中川ひろたか、絵:ミロコマチコ、金の星社、2014年)少年は身の回りの嘘を探す。母は年齢をごまかした。僕はおねしょをしたのに水をこぼしたと言った。ある子は、自分の父が総理大臣だと嘘をついた。それらは自分を守るための嘘、自分を大きく見せるための嘘である。テレビドラマは人を楽しませる嘘である。人を欺く嘘、相手を喜ばせる嘘もある。神様や鬼については、信じる者は真実だと思うが、信じない者は嘘だと思う。私たちは様々な場面で、様々な目的で嘘をつく。嘘をダメだと否定しても始まらない。むしろ嘘の中にこそ人間の本当の姿を見出すことができる。表紙は笑う犬?上を向く人?それも嘘?
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Posted on 2015/12/12 Sat. 21:39 [edit]

category:   1) 自己の誇示

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『いやだいやだ』感想  

(作・絵:せな けいこ、福音館書店、1969年)子どもが駄々をこねる。「いやだ」という気持ちを全身で表現する。すると母が言う。私も「いやだいやだ」。ケーキやクツや周囲の全てが「いやだいやだ」と言い出す。さてどうする?自分の不平不満を自分の言葉で吐き出すのは簡単であるが、それが相手にどのようなインパクトを与えているのかは見えにくい。立場を逆にしてみよう。全く同じ言葉を母が自分に向かって吐いてしまえばどうだろう。そのような想像は必要だ。自分の行為をもし周囲の全員が行うとすればその全体は望ましいものであるか。本書は道徳の根本を深く追究している。まるでカント。
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Posted on 2015/12/12 Sat. 21:41 [edit]

category:   2) 生き方を間違えてみる

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『ひとりじめ』感想  

(作:本間正樹、絵:いもとようこ、佼成出版社、2004年)きつねとうさぎがブランコに乗っていると、こぐまがやってきて強引に替わってもらう。たぬきたちが砂でお城を作っていると、こぐまが入ってきて強引にトンネルを作ろうとする。こぐまは楽しくて満足であるが、周囲は不満である。こぐまは気付かない。後半でこぐまは、りすたちの姿を見て衝撃を受ける。りすはみんな仲良し。自分は、誰とも仲良くやれていなかった。こんなふうに気づくことが出来るとよい。現実には、迷惑をかけても平気な人が多い。本当に分からない人もいる。独占よりも共有の方が幸せである。周囲を冷静に見るとそこに幸福がある。
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Posted on 2015/12/12 Sat. 21:43 [edit]

category:   2) 生き方を間違えてみる

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『おおきな木』感想  

(作・絵:シェル・シルヴァスタイン、訳:村上春樹、あすなろ書房、2010年)りんごの木は男の子と仲良し。男は成長し、金が欲しくなりりんごをもらう。家が欲しくなり枝をもらう。年老いた彼は船が欲しくなり、幹をもらう。よぼよぼになったその男は切り株に腰かける。木は「うれしかった」と言っているが、真意か?傲慢で自己利益ばかりを追求する人間と、それでもなおその人間を優しく包み込もうとする大自然とが対比される。両者のコミュニケーションを不完全ととるか、この程度でも十分だととるかは読者によって分かれる。行き過ぎた自己犠牲は嫌いだ。しかし自己を犠牲にしてまで大切にしたいものが存在するのは幸福だ。
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Posted on 2015/12/12 Sat. 21:44 [edit]

category:   2) 生き方を間違えてみる

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